すぐき (酸茎)、またはすぐき漬 (すぐきづけ)は、京都市 の伝統的な漬物 (京漬物 )の一つ。カブ (学名 :Brassica rapa var. rapa )の変種であるスグキナ (酸茎菜、学名:Brassica rapa var. neosuguki [2] )を原材料とする。現代の日本 では数少ない本格的な乳酸発酵 漬物で[3] 、澄んだ酸味が特徴である。「柴漬 」「千枚漬 」と合わせて京都の三大漬物と呼ばれている[4] 。
歴史
すぐきと関わりが深い上賀茂神社
スグキナ 栽培の始まりは諸説あるが、安土桃山時代 の頃とされている。上賀茂神社 の社家 が、鴨川 に自生していたものを持ち帰り、廷内に栽植したところ社家間で栽培が広まったという説や、朝廷から種子を授かった説などがある[4] 。以来、上賀茂 の深泥池 周辺の限られた地域で栽培が行われ、1804年(文化 元年)に出された『就御書口上書』によって、他村への種子の持ち出しが禁じられてきた[4] 。
当初より漬物としてつくられ、献上品として貴顕の間で広まった。その希少性と独特の風味が相まって、数ある漬物のなかでも別格の扱いであったとされている。
長らく生産が限られていたが、明治 になってようやく、一般へも普及し始めた。これは、1891年(明治26年)に起こった深泥池地区の大火災からの復興のために、その周辺ですぐき販売を始めたらといわれている。
また、明治末期から大正 にかけて製法が改良されたことに加え、第一次世界大戦 後の好況 により、販売が急速に拡大した。
製法については、塩漬けにして乳酸発酵させる点は変わっていないが、発酵の手法には改良が重ねられてきた。明治末期に漬け置き期間短縮のために樽を稲藁 で包んで保温するようになり、そこからさらに保温を効率化するための「室 (むろ)」が、1912年(大正元年)に初めて建設された。これに伴い漬け方も変化し、漬け方の過程が「荒漬」と「本漬」の二過程に分かれた。こうした変化により、冬に収穫して漬け始め、春から夏にかけて完成していたものが、わずか半月ほどで出来上がるようになった[4] 。
製法
スグキナ には乳酸菌 や嫌気性生物 はわずかしか検出されず、むしろ土壌細菌 や腐敗 に関与するグラム陰性菌 大腸菌 が多く検出される。しかし、製造工程が進むにつれて乳酸菌のうちラクトバシラス属 のLactobacillus brevis (英語版 ) およびLactobacillus plantarum (英語版 ) が優占種 となる。こうした微生物叢 の変化も踏まえて製法を解説する。
スグキナの種蒔きは8月末に行われ、11月下旬ごろから12月初旬に収穫される。栽培する家によって、葉 の太さや長さ、かぶら(胚軸 )の丸みなどが異なり、各自が自慢しあう様子は、「わ(我、輪)がええ、わがええ、桶屋さん」という冗談で表現される。
荒漬
収穫したスグキナ根の皮を剥き面取り をし、「ころし桶」という容器に入れて荒漬する。全体に圧力がかかるよう押蓋と樽の隙間に藁を入れ、重しを載せて昼から翌朝まで塩分濃度10%程度の塩水に漬け込む。塩分濃度の上昇によって、耐塩性 のマイクロバクテリウム属 の割合が上昇する。
本漬
天秤押し
荒漬したものを水洗いし、4斗 (72L) 樽に詰め替える。このとき行うのが「天秤押し」と呼ばれる、すぐき特有の漬け方である。まず、かぶらが直接桶肌や別のかぶらに触れて傷つくことがないように、葉でくるみ、ころし桶に隙間なく渦巻状に並べ、一段ごとに塩を振りかける。桶の高さまで3~4段ほど重ねると、天秤に重石を乗せて漬け込む。天秤圧によって嵩 が減るため、数日おきに荒漬したすぐきを追漬していく。最終的に6~7段くらいにまで漬ける。塩加減と天秤押しの重石の利かせ方は味を左右するため、経験が必要で、家ごとの特徴がでる。しかし現在では、天秤ではなく、圧縮機 を用いて樽を加圧する手法が主流である。
はじめは樽の中が微好気的な環境になっているため、マイクロバクテリウム属菌が多く検出される。加圧によって空気が抜けていき、次第に嫌気的な環境へと変化していく。これにより、追漬後のものには乳酸菌のラクトバシラス属菌が多数検出されるようになる。土壌に多く含まれるグラム陰性菌や大腸菌は、乳酸菌のはたらきにより死滅する。
発酵
天秤を外して重石に載せ替えて塩を馴染ませた後、「室」と呼ばれる小さな部屋に入れる。38~40℃に保温されており、ここで8日間ほど乳酸発酵 を促進させる。これによって乳酸菌が増加し、pH も急激に低下する[注 1] 。本漬後に見られる乳酸菌は主にLeuconostoc citreum (英語版 ) 、Lactobacillus sakei (英語版 ) 、Lactobacillus curvatus であるが、室の温度に適さないため、その温度に耐えられるLactobacillus brevis およびLactobacillus plantarum が占めるようになる。
発酵によって白い汁が出始め、酸味が匂いたち、葉と茎が褐変し、かぶらが少し黄みがかった乳白色になれば完成である。
食べ方
かぶらの部分は半月切りまたはいちょう切り、葉や茎の部分は刻んで食べる。醤油を少しかけると酸味が引き立ち、ご飯のお供になる。茶漬け や酒の肴 として食べることもある[4] 。
効果
発酵によって乳酸菌が豊富に含まれており、なかでも岸田綱太郎 によって発見されたLactobacillus brevis (英語版 ) KB290は多様な健康効果をもたらし、「ラブレ」という呼称で知られる。インターフェロン の産生亢進やNK活性 の上昇といった免疫賦活作用のほかに、整腸作用が認められており、優れたプロバイオティクス としての資質を備えていることがわかる。そのため、カゴメ や西利 ではすぐき以外で「ラブレ」を利用した商品が発売されている[17] [18] 。
脚注
注釈
^ 原料のスグキナ は当初pH が6.8を示すが、熟成後は4.1まで低下する。
出典
参考文献
荻原, 博和、河原井, 武人、古川, 壮一、宮尾, 茂雄、山崎, 眞狩「すぐきの製造工程における微生物叢および化学成分の変遷」『日本食品微生物学会雑誌』第26巻第2号、日本食品微生物学会、2009年、98-106頁、doi :10.5803/jsfm.26.98 、ISSN 18825982 。
内藤, 裕二、髙木, 智久、鈴木, 重德、福家, 暢夫「発酵食品の乳酸菌による腸管炎症抑制効果と下痢型過敏性腸症候群様症状に対する有効性と腸内菌叢の変化」『腸内細菌学雑誌』第34巻第1号、腸内細菌学会、2020年、1-11頁、doi :10.11209/jim.34.001 、ISSN 13498363 。
「日本の食生活全集京都」編集委員会 編『聞き書京都の食事』農山漁村文化協会 〈日本の食生活全集 26〉、1985年。ISBN 9784540850066 。
奥村, 美代子、森下, 恭子、森下, 日出旗「伝統的発酵漬物としてのすぐき(酸茎)」『生活衛生』第39巻第7号、大阪生活衛生協会、1995年、257-263頁、doi :10.11468/seikatsueisei1957.39.257 、ISSN 18836631 。
脇, 尚子、荒川, 千夏「漬物由来の乳酸菌 Lactobacillus brevis KB290 がもたらす多様な保健効果」『日本乳酸菌学会誌』第30巻、日本乳酸菌学会、2019年、162頁、doi :10.4109/jslab.30.162 、ISSN 21865833 。
矢嶋, 信浩、福井, 雄一郎、矢賀部, 隆史「Lαctobαcillus brevis KB290(ラブレ菌)研究の現状(<特集>ポストゲノム時代の機能性乳酸菌の新展開)」『生物工学会誌』第85巻第7号、日本生物工学会 、2007年、321-324頁。
外部リンク