ビワマス(琵琶鱒、学名:Oncorhynchus masou rhodurus、英: Biwa trout)は、サケ目サケ科に属する淡水魚。日本の琵琶湖にのみ生息する固有亜種である。産卵期には大雨の日に群れをなして河川を遡上することから、アメノイオ[1](アメノウオ、雨の魚、鯇、鰀、江鮭[要出典])ともよばれる。
体側の朱点(パーマーク)は、体長20 cm程度で消失し成魚には見られない。成魚の全長は40 - 50 cmほどだが、大きいものでは全長70 cmを超えることもある。サクラマスと同じくヤマメの亜種であり、DNAの特徴も外観もサクラマスに近いが、サクラマスよりも眼が大きいことと、側線上横列鱗数が21 - 27でやや少ない事で見分けられる。琵琶湖固有亜種だが、現在では栃木県中禅寺湖、神奈川県芦ノ湖、長野県木崎湖などに移殖されている。また、人工孵化も行われている。
生態
他のサケ科魚類と同様に母川回帰本能を持つため、成魚は10月中旬 - 11月下旬に琵琶湖北部を中心とする生まれた川に遡上し、産卵を行う。餌は、主にイサザ、スジエビ、コアユを捕食している。
産卵の翌春孵化(浮上)した稚魚はサケ類稚魚によく見られる小判型のパーマークと、アマゴに似た赤い小さな朱点がある。約8 cmに成長するとスモルト化し体高が減少すると共に体側と腹部が銀白色となる。但し、ビワマスの特徴としてアマゴより4 cm程度小さくスモルト化しパーマークは完全に消失せず朱点も残る個体が多い[2]。スモルト化した個体は5月から7月に川を下って琵琶湖深場の低水温域へ移動し、コアユやイサザ等の小魚、エビ、水生昆虫等を捕食しながら2年-5年かけて成長する。小数の雄はスモルト化せずに川に残留する[3]。
生育至適水温は15 ℃以下とされ、中層から深層を回遊する。孵化後、1年で12 cmから17 cm、2年で24 cmから30 cm、3年で30 cmから40 cm、4年で40 cmから50 cmに成長する。産卵期が近づくと、オス・メスともに婚姻色である赤や緑の雲状紋が発現し、餌を取らなくなる。オスは特に婚姻色が強く現れ、上下の両顎が口の内側へ曲がる「鼻曲がり」を起こす。メスは体色がやや黒ずむ。川への遡上は9月から11月で、産卵が終わると親魚は寿命を終える。なお、琵琶湖にも近縁亜種のアマゴが生息[4][5]しており本種と誤認されている場合もある。
琵琶湖産稚アユと混獲され各地の河川に放流されていると考えられるが、下降特性が強い事と海水耐性が発達しないことから、放流先での定着は確認されていない[6]。
- 計測形質[7]
- 側線上横列鱗数:21 - 27
- 幽門垂数:46 - 77
- 体長に対する体高比:20.1 - 25.6%
アマゴとの違い
外観上は、前述のとおり「眼や側線上横列鱗数」の差異があるが、生態は湖沼陸封期間が10万年と長かったことから、サツキマス(アマゴ)と比較すると海水耐性が失われスモルト化した個体でも海水耐性は発達せず、100%海水では死滅する。
遺伝子解析の結果ではサクラマスよりはサツキマスに近く、サクラマスとサツキマスの分化以降にビワマスとサツキマス(アマゴ)は分化している。つまりサツキマス(アマゴ)との共通祖先のうち淀川水系を利用していた個体群が陸封され、ビワマスとなった[8]。
保全状態評価
準絶滅危惧(NT)(環境省レッドリスト)
ビワマスの生息数は40万 - 50万尾で、数十年前とほぼ同様の生息水準が保たれている。滋賀県水産試験場の調査によると、これはスモルトが川を下って琵琶湖の深場へ移動する際、コイ科魚類のように浅場に長時間留まらず、素早く河川を下って深場へ移動するので、琵琶湖上層部を生息域とする外来魚の影響を受けにくいためと考えられている。増殖の為に、サケと同様に人工ふ化した稚魚の放流(1883年から[9])や成魚販売用の養殖も行われている。
漁業
主に刺網漁法と引縄釣(トローリング)法により漁獲される。資源保護の為に全長25cm以下のビワマスは採捕禁止で[10]2008年12月から引縄釣法による漁獲の届出制度が導入[11]されたが、2013年12月1日より承認制度になった。また、禁漁期間(10月1日から11月30日まで)が定められ、採捕報告書の提出が義務付けられた[12]。2008 - 2011年の採捕報告書によれば、引縄釣により年間約1万尾が捕獲されるが半数程度が再放流され、6.6 tから8.6 tが引縄釣遊漁者により 23.2tから45.8tが刺網漁法により捕獲されている[9]。なお、再放流個体の生存率は不明である[9]。
食用
ほとんどが刺し網漁で捕獲される。生涯を淡水で過ごす事から寄生虫が無く冷凍せずとも生食できると言われており、また加熱してもサケ類特有の臭みが比較的少ない。刺身、寿司、揚げ物、ムニエル、煮付け、塩焼き、燻製など様々な料理で食べられ、どれも美味である。[13]なお産卵期に川を遡上するものは、旨み成分であるアミノ酸類や脂肪分が卵巣や精巣の形成及び上皮の強化に使われてしまうため、琵琶湖を回遊中のスモルトの方が美味とされる。
イクラよりもやや小ぶりの卵は、主に醤油漬や塩漬等にして食され、海産サケ・マス類のイクラよりも生臭さが少なく美味であると言われる。ほとんど流通していないことから珍味としても扱われる。この他にははらこ飯と同様のあめのいおご飯[14]や、イクラ丼と同様の丼物にする。
脚注
- ^ “ビワマス”. 滋賀県 (2023年3月13日). 2024年3月13日閲覧。
- ^ 藤岡康弘、「ビワマスのパー・スモルト変態」『日本水産学会誌』 Vol.53 (1987) No.2 p.253-260, doi:10.2331/suisan.53.253
- ^ 桑原雅之、井口恵一朗、「ビワマスにおける河川残留型成熟雄の存在」『魚類学雑誌』 Vol.40 (1993-1994) No.4 p.495-497, doi:10.11369/jji1950.40.495
- ^ 加藤文男、「琵琶湖水系に生息するアマゴとビワマスについて」『魚類学雑誌』 Vol.25 (1978-1979) No.3 p.197-204, doi:10.11369/jji1950.25.197
- ^ 加藤文男、「琵琶湖で獲れたアマゴ」『魚類学雑誌』 Vol.28 (1981-1982) No.2 p.184-186, doi:10.11369/jji1950.28.184
- ^ ビワマス (PDF) - 水産総合研究センター さけますセンター
- ^ 日本産サケ属(Oncorhynchus)魚類の形態と分布 (PDF) - 福井市自然史博物館
- ^ 石黒直哉、「サクラマス3亜種のミトコンドリアゲノム全塩基配列の比較」『福井工業大学研究紀要』 第一部 37巻, 2007年, p.243-250, hdl:10461/3127
- ^ a b c 菅原和宏, 井出充彦, 酒井明久, 鈴木隆夫, 久米宏人, 亀甲武志, 西森克浩, 関慎介,「琵琶湖における届出制によるビワマス引縄釣遊漁の現状把握」 滋賀県農政水産部水産課 『日本水産学会誌』 Vol.80 (2014) No.1 p.45-52, doi:10.2331/suisan.80.45
- ^ 滋賀県漁業調整規則 滋賀県
- ^ 亀甲武志, 西森克浩, 井出充彦, 関慎介, 二宮浩司, 菅原和宏, 「琵琶湖におけるビワマス引縄釣遊漁者を対象とした届出制の導入」『日本水産学会誌』 Vol.75 (2009) No.6 p.1102-1105, doi:10.2331/suisan.75.1102
- ^ ビワマスの引縄釣遊漁者の皆様へ 滋賀県
- ^ ゑびす, びわこ水産 (2022年7月26日). “ビワマスについて | びわこ水産 ゑびす”. 2024年8月4日閲覧。
- ^ “あめのいおご飯 滋賀県”. うちの郷土料理. 農林水産省. 2024年3月13日閲覧。
関連項目
ウィキメディア・コモンズには、
ビワマスに関連するカテゴリがあります。
外部リンク