ファルマン航空社(英語:Farman Aviation Works)はかつて存在したフランスの航空事業会社。リチャード・ファルマン[1]、アンリ・ファルマン、モーリス・ファルマンの三兄弟が設立し運営した。
1908年から1936年まで航空機を設計し製作していた。その後フランスが航空宇宙産業を国有化・合理化する際にファルマン社はアンリオ(英語版)と共にSNCAC(仏語:Société Nationale de Constructions Aéronautiques du Centre:中央航空機製造公社)に統合された。
1941年にファルマン兄弟は会社を再建しファルマン工場社(仏語:Société Anonyme des Usines Farman SAUF)とした。しかしたった3年で、SNCASO(Société nationale des constructions aéronautiques du sud-ouest SNCASO:南西航空機製造公社)に合併させられてしまう。さらに1952年にもう一度ファルマン航空社を設立したが、その努力は実らず、会社は解散した。
ファルマン兄弟は1908年から1941年までの間に200種類の航空機を開発作成している。
自社で飛行学校を経営しており、徳川好敏や滋野清武などの外国人も受け入れていた。