カリフォルニア州フォートジャクソン基地の行進訓練においてミリタリーケイデンスを唱和する隊員(2008年撮影)
ミリタリーケイデンス (英語 : military cadence )とは、軍隊 で訓練 時に唱和 される行進曲 、労働歌 の一種である。警察学校 や消防学校 の訓練でも唱和される。
ケイデンスコール (cadence call) とも称される。また、しばしば歌詞に架空の人物「ジョディ」が登場することから、ジョディコール (jody calls)、ジョディーズ (jodies) とも称される。日本語では訓練歌 、歩調 、連続歩調 と呼ばれる。
概要
テキサス州ラックランド空軍基地におけるアメリカ空軍 の行軍訓練風景。手前の人物が教練軍曹である。(2009年撮影)
ミリタリーケイデンスを唱和しながらボストン ・ファニエル・ホール 前の通りを行進するアメリカ海軍 の兵士。(2006年撮影)
ミリタリーケイデンスは、シンプルなコールアンドレスポンス を基本形式とした労働歌の一種であり、一人のリーダー(訓練の際は教練軍曹 が行うことが多い)の呼びかけに他の隊員が答辞する形式で、一定のリズムを保って唱和される。ケイデンス(英: cadence)とは本来「韻律」「リズム」という意味だが、走者の足音がリズムを刻むことから、軍隊の労働歌をミリタリーケイデンスと呼ぶようになった。
ミリタリーケイデンスは、軍隊でのランニング 、行進、行軍 及びその訓練の際に唱和される。特にアメリカ軍 ではアメリカ独立戦争 で北軍 がプロイセン王国 陸軍士官フリードリッヒ・ヴィルヘルム・フォン・シュトイベン (フォン・シュトイベン男爵 )を招いた際、他の基本教練 技術と共に取り入れられて以来、新兵訓練 において必修科目となっている。
ミリタリーケイデンスの目的は、これを合唱することによって部隊の士気 が盛り上がり、隊員同士のチームワーク と助け合いの精神、規律 が高まることである。さらに、後述するジョディコール などで兵士のホームシック を和らげたり[ 4] 、軍や上官への文句を歌詞に盛り込むことで兵士の不満をガス抜きするという目的もある[ 4] 。また、19世紀までの戦闘においては自軍をより多勢に見せることや、歩兵部隊 の行軍速度を上げること、味方同士の意思疎通、さらにはマスケット銃 に弾を込め、発射するまでのリズムをとるという目的もあった。
同じケイデンスでもランニングの際や、陣形 を整える際には急速なテンポで唱えることもある。
ジョディ・コール
マール・ハガード
ミリタリーケイデンスは、ジョディ・コールとも呼ばれるが、その理由はミリタリーケイデンスの歌詞にしばしば「ジョディ」(Joady、Jody、Jodie、Joe D.、Joe the~"などと表記される)という架空の男性が登場するからである。ジョディは軍の厳しい生活とは対照的に裕福で不自由ない生活をしており、模範的軍人とは正反対の性格をしているが、軍人が家にいない間彼らの恋人(スージー (Susie) と呼ばれることが多い)を誘惑し、好意を抱かせる人物であると皮肉 的且つユーモラス に描写される>。ジョディという名前はアフリカ系アメリカ人 に伝承 されてきたフォークソング (フォークロア)の一種「Joe the Grinder」から派生したものであり[ 4] 、アメリカ人カントリー歌手 マール・ハガード の「The Old Man of the Mountain」などでも歌いこまれている[ 6] 。
研究家のケント・ラインベリーは、ジョディという架空の人物をコケにしながら繰り返しミリタリーケイデンスを唱和することで兵士達は家庭生活から切り離され、勇敢で攻撃的な軍人精神を身に着けやすくなるとしている[ 4] 。
代表的な曲
ミリタリーケイデンスの代表的な曲は「コオル老王 」、「Blood Upon the Risers」、「I Wish All the Girls Were」、「Irene Irene」、「陸軍は進んで行く 」、そして次に紹介する「Sound off」などである。「Sound off」、またの名を「Duckworth Chant」というこの曲は第二次世界大戦 中の1941年にアメリカ軍のウィリー・ダックワース 二等兵 [ 7] によって作詞されたものである[ 8] [ 9] (歌詞全文はリンク先 を参照)。
Ain't no use in goin' home Jody's got yo' gal an' gone. Sound-off; 1 - 2 Sound-off; 3 - 4 Cadence count 1 - 2 - 3 - 4 1 - 2 — 3 - 4. — ウィリー・ダックワース作、[ 9]
日本語訳
家に帰っても無駄だ
ジョディが彼女を連れて行ったんだ まくしたてろイチニー まくしたてろサンシー リズムにあわせて イチニーサンシー イチニーサンシー
同楽曲は1951年5月7日にヴォーン・モンローと彼のオーケストラ によって録音され、RCAレコード から発売された[ 10] 。
批判と歌詞の変遷
幾つかのミリタリーケイデンスの歌詞はわいせつ であったり、差別的、あるいは過度に暴力的で残酷な表現が含まれているため兵士からも批判されることがある。例えば、ベトナム戦争 時に作詞された「Napalm Sticks to Kids」の歌詞は以下のようなものであった。
Bomb the village Kill the people Throw some napalm in the square Do it on a Sunday morning Kill them on their way to prayer Ring the bell inside the schoolhouse Watch the kiddies gather round Lock and load with your 240 Mow them little motherfuckers down —
日本語訳
村を爆撃
皆殺し
広場に
ナパーム弾 を落とせ
日曜の朝
敵が祈りに出かける途中に殺せ
学校のチャイムを鳴らせ
ガキどもが集まるのを見ろよ
M240機関銃 は撃つ用意
クソガキどもをなぎ払え
— (訳者意訳)
多くのイラク戦争 退役軍人 がこのような残酷な内容のミリタリーケイデンスを強要され不快な思いをしたと語っている[ 12] [ 13] 。時にはこうした批判を受けて歌詞が変更されたり、きれいな歌詞に書き換えたものが別に制作されることもある。歌詞の変更は批判を受けた場合に限らず、軍のしきたりや戦闘様式、または流行語の変化によることもある。
ポピュラー文化における描写
ミリタリーケイデンスは、映画やポピュラー音楽にもしばしば採り上げられている。1987年に公開され、興行成績 4600万米ドルのヒットとなったアメリカ映画 『フルメタル・ジャケット 』では、アメリカ海兵隊 訓練所の新兵訓練シーンで、マシュー・モディーン 演じる主人公達が、ミリタリーケイデンスを唱和していた。1988年に日本で発売されたファミリーコンピュータ 用ゲームソフト 『ファミコンウォーズ 』のCM は、その『フルメタル・ジャケット』の訓練シーンをパロディ 化し、ミリタリーケイデンスのリズムに乗せて「ファミコンウォーズが出るぞ」[ 注釈 1] 「こいつはドえらいシミュレーション」「かあちゃんたちには内緒だぞ」などと歌ったものであった[ 14] 。
1995年にデビューした、ドイツの音楽グループ「キャプテン・ジャック 」は、「CAPTAIN JACK」や「DRILL INSTRUCTOR」といった明らかにミリタリーケイデンスをモチーフにした曲を出している。また、日本のお笑い番組『ぐるぐるナインティナイン 』にかつてあったコーナー「チビッコ調査部隊」では岡村隆史 がチビッコ達を引き連れて登場する際、相方の矢部浩之 をおちょくった内容のミリタリーケイデンスを歌っている(例:「岡村隆史は人気者~、矢部浩之は浮気者~」)。さらに、同じくお笑い番組の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 』の企画である「村上ショージの教室シリーズ」の第2弾「グリーンベレー教室」では、尺は短いながらも歌詞の内容がブラックかつギャグの「老人相手に回し蹴り~、西川ヘレン に近づくな~」というミリタリーケイデンスを村上ショージ の歌い出しで、ガキの使いのレギュラーメンバー5人が歌っている。
また、1990年のアメリカ映画 『ミリタリー・ブルース 』の原題は"Cadence "である[ 15] 。アメリカ人ミュージシャンのバズ・オズボーン はアルバム『THE BRIDE SCREAMED MURDER』の多くの楽曲でミリタリーケイデンスを取り入れている[ 16] 。
国際武道大学 の野球部 ではミリタリーケイデンスに合わせての応援が行われる[ 17] 。
脚注
注釈
出典
参考文献
Campbell, E.S.Norman (1830). A Dictionary of the Military Science: Containing an Explanation of the Principal Terms Used in Mathematics, Artillery, and Fortification; and Comprising the Substance of the Latest Regulations On Courts Martial, Pay, Pensions, Allowances, Etc.; a Compara . Nabu Press. ISBN 978-1142174316 . https://books.google.co.jp/books?id=cslEAAAAIAAJ&pg=PA29&dq=military+cadence&hl=ja&ei=MiE0Tc-4M9OdcevFzJQH&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=10&ved=0CE4Q6AEwCQ#v=onepage&q=military%20cadence&f=false 2011年1月17日 閲覧。
Taylor, E. Kelly (2009). America's Army and the Language of Grunts: Understanding the Army Lingo Legacy . AuthorHouse. https://books.google.co.jp/books?id=ErJzEWR5-dYC&pg=PA183&dq=jody+calls&hl=ja&ei=0iE0TdG6CIj0cc_bgJ0H&sa=X&oi=book_result&ct=book-preview-link&resnum=3&ved=0CDMQuwUwAg#v=onepage&q=jody%20calls&f=false 2011年1月17日 閲覧。
Duane, William (1809). The American military library, or, Compendium of the modern tactics . https://books.google.co.jp/books?id=CQ5OAAAAYAAJ&pg=PA114&dq=military+cadence&hl=ja&ei=ujE0TcrTAYamcLvNiZUH&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=4&ved=0CDMQ6AEwAw#v=onepage&q=military%20cadence&f=false 2011年1月17日 閲覧。
Lentz, Bernard (1955). The Cadence System of Teaching Close Order Drill and Exhibition Drills , Pennsylvania: Military Service Publishing.
Benedict, Helen (2010). The Lonely Soldier: The Private War of Women Serving In Iraq . Beacon Press. ISBN 978-0807061497
関連項目
外部リンク