免疫系 (めんえきけい、英語 : immune system )とは、生体内で病原体 などの非自己物質やがん細胞 などの異常な細胞や異物を認識して殺滅することにより、生体を病気 から保護する多数の機構が集積した機構である。この機構はウイルス から寄生虫 まで広い範囲の病原体と異物を、生体自身の健常細胞や組織と区別しながら感知し、機能している。免疫系においては、細胞 、組織 、器官 は、精密かつ動的に連係している。
この困難な課題を克服して生き延びるために、病原体を認識して中和する機構が一つならず進化 した。細菌 のような簡単な単細胞生物 でも、自然免疫 と呼ばれるウイルス感染 を防御する酵素 系をもっている。その他の基本的な免疫機構は古代の真核生物 において進化し、植物 、魚類 、ハ虫類 、昆虫 に残存している。自然免疫はディフェンシンと呼ばれる抗微生物ペプチド が関与する機構であり、貪食機構であり、[ 1] 補体系 である。
ヒト のような脊椎動物 は、獲得免疫 と呼ばれる、さらに複雑な防御機構を進化させた。獲得免疫は多数のタイプのタンパク質 、細胞、器官、組織の動的な相互作用からなる。この適応プロセスは、免疫記憶 を作り出す。特定の病原体への初回応答から作られた免疫記憶は、同じ特定の病原体への2回目の遭遇に対し増強された応答をもたらす。獲得免疫のこのプロセスはワクチン 接種の基礎となっている。
免疫系が異常を起こすと病気(感染症、自己免疫疾患、アレルギー )に罹りやすくなる。免疫系の活動性が正常より低いと、免疫不全病が起こり感染の繰り返しや生命を脅かす感染が起こされる。免疫不全病は、重症複合免疫不全症のような遺伝病 の結果であったり、レトロウイルス の感染によって起こされる後天性免疫不全症候群 (AIDS) や医薬品 が原因であったりする。反対に免疫系が過剰に活動すると、自己免疫疾患 が起こされる。これは、正常組織に対しあたかも外来生物に対するように攻撃を加える、免疫系の活性亢進からもたらされる。ありふれた自己免疫病として、関節リウマチ 、全身性エリテマトーデス (紅斑性狼瘡とも)、I型糖尿病 、がある。アレルギーは、過敏症と呼ばれ、過剰な免疫応答により、自己の組織 に損傷を与える。アナフィラキシー ショックなどがある。
免疫学 は免疫系のあらゆる領域の研究 をカバーし、ヒトの健康 や病気に深く関係している。この分野での研究をさらに推し進めることは健康増進および病気の治療 にも期待できる。
1個の好中球 (黄色)が炭疽菌 (オレンジ)を呑み込んでいる走査電子顕微鏡 写真
走査型電子顕微鏡 (SEM)による画像。Tリンパ球 (右)、血小板 (中央)、赤血球 (左)フレデリック国立癌研究所
概要
免疫とは、ヒト や動物 などが持つ、体内に入り込んだ「自分とは異なる異物 」(非自己)を排除する、生体の恒常性 維持機構の一つである。一般に、薬物 や化学物質 などの排除には、肝臓 の酵素 による代謝 が働くのに対し、免疫はそれよりも高分子 であるタンパク質 (ヘビ毒 やハチ毒 など)や、体内に侵入した病原体 を排除するための機構として働くことが多い。特に病原体による感染 から身を守るための感染防御機構として重要であり、単に「免疫」と呼ぶ場合には、この感染防御免疫 のことを指す場合も多い。
免疫系は自然免疫 (先天性免疫、基本免疫、en:innate immune system )と獲得免疫 (後天性免疫、acquired immune system、適応免疫、en:adaptive immune system )とに大別される。自然免疫にはある特殊な細胞 が備わっており、それらは侵入物が自己を再生産したり宿主 に対し重大な被害をもたらす前に発見、排除し、病原体が体内で増殖 して宿主に深刻な害を及ぼす前に対処する事ができる。
獲得免疫は抗体 や補体 などの血中タンパク質による体液性免疫 とリンパ球 などの細胞 による細胞性免疫 によって担われている。リンパ球には分化 成熟して免疫グロブリン を産生するB細胞 のほかに、胸腺 で分化成熟 するT細胞 などがある。その他、食作用 によって抗原 を取り込んで分解してT細胞に提示する樹状細胞 なども免疫機能の発現に関与する。これらの細胞は骨髄 で産生され、胸腺やリンパ節 、脾臓 などのリンパ系組織での相互作用をへて機能するようになる。
自然免疫も獲得免疫もその効果の大きさは、自己と非自己の分子 の区別ができる能力をもった免疫系かどうかにかかっている。免疫系によって外来物質と区別できるような自己の身体要素のことを、自己分子 という[ 2] 。また免疫系によって外来物質と区別される外来分子のことを非自己分子という。非自己分子の一つは、抗原 (antigen; これはanti body gen eratorの短縮語である)と呼ばれ、特異的な免疫受容体 に結合し、免疫応答を誘発する物質と定義される[ 3] 。
重層的防御
免疫系は、感染 から生体を、特異性を高めながら重層的な防御体制で守る。最も簡単なのは、上皮の防壁で、細菌 やウイルス が生体に侵入するのを防ぐことである。
病原体 がこの防壁を突破して体内に侵入すると、即座に自然免疫(先天性免疫とも呼ばれる)はそれを感知し非特異的に対応して排除する。
自然免疫はあらゆる植物 および動物 に認められる[ 4] 。
しかし病原体が自然免疫もうまく逃れたなら脊椎動物 は第3階層の防御反応を繰り出す。これが獲得免疫 であり、一度感染源に接触することで自然免疫によって発動される。
後天性免疫系は病原体を認識して攻撃するが、感染を受ける間、応答を病原体への認識が改善されるよう適応する。
この機構は、病原体が排除された後も免疫記憶として残り、次いで、同一(あるいは非常に似通った)の病原体に遭遇する度に強化される仕組みになっていて、より早く強力な攻撃が加えられる[ 5] 。
上皮の防壁
病原体 に曝露された細胞上皮 (いわゆる皮膚 だけでなく、粘膜 や腸管 などを含む)には生体 を感染 から守る防壁があり、機械的、化学的、生物学的に守っている。表面の防壁 (en:Immune system#Surface barriers )とも。
機械的防壁
葉 に見られるワックス性クチクラ 、昆虫 の外骨格 、産み落とされた卵 の殻や膜 、そして皮膚 。これらは機械的防壁の例であって、感染に対する防御ラインの第一線にある[ 3] 。皮膚は上皮 、外層、真皮 から構成され、ほとんどの感染因子を機械的に遮断する。
しかし肺 、腸 、性尿器路など、外界と交通する開口部分を守るのには他の系を作動させる。例えば、肺と気管 では、咳 やくしゃみ の気流と繊毛 の動きによって、眼は涙 、性尿器路は尿 、(鼻腔や呼吸管などの)呼吸器や、(口腔や胃腸などの)消化器は粘液により微生物 を捕らえ絡み取る[ 6] 。
化学的防壁
化学的防壁も感染 防御に働く。皮膚 は、ケラチン を豊富に含む細胞 がきっちり密に並んで構成されている。これが水 を弾き、皮膚を弱酸性 に保つため、皮膚はバクテリア の増殖 を抑える化学的防壁としても働く。
皮膚や呼吸 管はβ-ディフェンシンのような抗微生物ペプチド を分泌する[ 7] 。
唾液 、涙 、母乳 に含まれるリゾチーム やホスホリパーゼA2 等の酵素 も抗菌 作用がある抗細菌物質である[ 8] [ 9] 。
膣分泌液 は初経 後のわずかにでも酸性 に傾いたとき化学的防壁として働くし、精液 は病原体 殺滅性のあるスペルミン やディフェンシン や亜鉛 を含む[ 10] [ 11] 。
分泌液 として胃液 には胃酸 が極端な低pH を示すとともに消化酵素 のタンパク質分解酵素 を含んでおり、摂取された病原体に対して強力な化学的防御の働きがある。
生物学的防壁
生殖尿管 や胃腸 管では共生 している細菌 叢が病原菌 と養分 や繁殖場所をめぐって病原体 と競争して生物学的防壁として機能する。この場合、pH や利用できるイオン のような環境 を変えることもある[ 12] 。このことは病原体が発症 可能な個体数まで増殖 できる可能性を減らす。腸 内では、腸内細菌 が働いている。ヨーグルト に通常含まれている乳酸菌 のような純粋培養 によって良性細菌叢を再導入することは、子供たちの腸管感染 での微生物 集団のバランスを健康 なものに保つのを助ける働きがあるという証拠が出されている。これは細菌性胃腸炎 、炎症性腸疾患 、尿路感染症 、術後感染の研究の予備的データに希望を与えている[ 13] [ 14] [ 15] 。
細菌性の感染症 に対してはしばしば抗生物質 が用いられるが、大部分の抗生物質は病原体となる細菌と正常な細菌の両方に非特異的に作用するし、カビ には効かないので、抗生物質の経口投与 によって、真菌 を異常に増殖させ、膣カンジダ症 のような真菌症 を引き起こす場合がある[ 16] 。
自然免疫
病原体 が上皮 での防壁を突破し、微生物 や毒性 物質が生体内にうまく侵入できると、続いて生体内の自然免疫系 (先天性免疫系)と対峙する。これは体液的・化学的・細胞的な防壁による宿主 の保護機構である。白血球 やリンパ球などの細胞 や機構が動員されて宿主を守り、その際に通常は炎症反応 が起きる。
この自然免疫応答は普通生体が微生物を構造パターン認識受容体 で感知するときに発動する。この構造パターンは広い範囲の微生物グループの間で保存されている[ 17] 。
あるいは細胞は障害を受けると警戒シグナルを出す。それらの全てではないが多くは病原体を認識する同じ受容体 によって感知される[ 18] 。
自然免疫系による防御は非特異的 であり、病原体に対して包括的な応答を行う[ 3] 。つまり様々な病原体に対して別個に応答するのではなく常に汎用的な方法で対処するがゆえに、効力を発動するまでの時間が短く、いわば常に臨戦態勢にある。反面、獲得免疫系のような免疫記憶が無く、長期にわたって防御する仕組みではない。
自然免疫系は大部分の生物にとって宿主防御の主要な系であり[ 4] 、植物 ・菌類 ・昆虫 ・多細胞生物 (哺乳類 などの高等脊椎動物 を除く)においては主要な防御システムである。
原始的な生命も持っており、進化 的に古い防御方法であると考えられている。また、Toll様受容体 、Nodタンパク質、RIG-I (病原微生物 に対するセンサー)などの研究が20世紀末から進展し、自然免疫が高等動物 にも存在するのみならず、獲得免疫が成立する前提として重要なメカニズムである(たとえばマクロファージ や樹状細胞 が病原体の存在により直接活性化される)ことが明らかとなった。
体液性すなわち化学的防壁
炎症
炎症 は病原体 の感染 や刺激に対し免疫系が最初に起こす応答の一つである[ 19] 。
炎症の徴候は、発赤 [ 20] 、疼痛 、熱感 [ 21] 、腫脹 の4つで、組織 に流入する血液 の増加によって起こされる。
炎症は傷害 や感染を受けた細胞 が分泌 するエイコサノイド とサイトカイン と呼ばれる特定の化学伝達物質 群などの化学的因子によって起こり、感染に対する免疫機構の正常な反応である。
エイコサノイドにはプロスタグランジン が含まれ、この物質は炎症に関係した場合、発熱と血管 拡張を起こす。
また同じくエイコサノイドに含まれるロイコトリエン はある種の白血球 (リンパ球)に作用する[ 22] [ 23] 。
サイトカインの種類には白血球 間の情報伝達に関与するインターロイキン 、走化性 を促してマクロファージ などを呼び寄せるケモカイン 、宿主細胞のタンパク質合成 を停止させるようなウイルス に対して、抗ウイルス活性をもったインターフェロン などがある[ 24] 。
増殖因子や細胞毒性 因子も分泌 される場合がある。
これらのサイトカインや他の化学物質 は免疫細胞を感染部位に動員し、病原体を排除してから損傷を受けたあらゆる組織の修復 を促す[ 25] 。
補体系
補体系 は、外来細胞の表面に攻撃を加える、或は他の細胞によって破壊されるよう指標を付けるための抗体能力を補助(補う)する生化学的カスケード(連鎖)である。補体とは、抗体 の機能を補助、あるいは補完するたんぱく質 である。
20以上のタンパク質が関与し、抗体による病原体 殺滅を補 強する能力をもつ、という意味で名づけられた。補体は自然免疫応答において主要な体液 性要素をなす[ 26] [ 27] 。
補体系をもつ種は数多く、哺乳類 に限らず、植物 、魚類 、無脊椎動物 の一部など、ある程度原始的な生物 でも持ち合わせている[ 28] 。
ヒト ではこの応答はこれら微生物 に付着した抗体に補体が結合することにより、あるいは微生物の表面の炭水化物 に補体タンパク質が結合することにより活性化 される。この認識シグナルが、速やかな殺滅応答を発動する[ 29] 。応答のスピードを決めるのは引き続いて起こる補体分子のタンパク質分解の活性化によって起こるシグナル増強の程度である。
多くの補体タンパク質はタンパク質分解的切断によって活性化されるとプロテアーゼ (タンパク質分解酵素 )に成る。
補体タンパク質が微生物に付着した後、補体自身のタンパク質分解酵素活性が発現し、続いて他の補体タンパク質分解酵素が活性化され、これが連続して起こる。これは触媒反応 カスケードを引き起こし、最初のシグナルを正のフィードバック でコントロールしながら増強するものである[ 30] 。補体がこうしてまとわりつくことによって細胞膜 は破壊され病原体は殺される[ 26] 。
補体の活性化によりしばしば感染 細胞の原形質 破壊が起こり、それによる感染細胞の細胞溶解 、病原体の死を引き起こす。
補体機構の最終産物C5b6789 は別名細胞膜障害性複合体 とも言い、感染した細胞や感染源の細胞膜を破壊することで、サイトリシス や溶菌 を起こす。これを免疫溶菌現象 、あるいは免疫溶菌反応 といい、細菌への防御においては好中球 の貪食と並び重要な機構である。
カスケードはペプチド を産生して免疫細胞を誘引し、血管 の透過性を更新し、病原体の表面をオプソニン化 (コート)して破壊できるようマークを付ける。
補体系は病原体表面をオプソニン化(或はコーティング)することで、病原体が他の細胞に破壊されるよう札(タグ,tag)を付け、炎症細胞の回復を誘発し、中和された抗原抗体複合体の残骸を除去する。
細胞による防壁
正常なヒトの循環血液 の、走査型電子顕微鏡 (SEM)画像。赤血球 および突起物で覆われでこぼこした少数のリンパ球を含んだ白血球 を認め、ほかに単球、好中球 、そして多数の小さな板状の血小板 を認める。
白血球 はどの器官 や組織 とも結合しているのではなく、単一の細胞 からなる器官であり、独立した単細胞生物 のように行動する、自然免疫系の右腕である[ 3] 。自然免疫系の白血球には、肥満細胞、好酸球、好塩基球、ナチュラルキラー細胞、食細胞 (マクロファージ、好中球、樹状細胞)や感染誘引可能性病原体を識別する機能がある。これらの細胞は病原体 を認識し排除するが、微生物 を呑み込んで殺するか、より大きな病原体に対しては接触して攻撃する[ 28] 。自然免疫は感染の最初の段階で働くが、多くの感染源は自然免疫を回避するための戦略を発達させてきた。自然免疫系細胞は更に特異的適応的な獲得免疫に於いては重要なメディエーター であり[ 5] 、抗原提示 として知られる過程を通すことでそれを活性化することが出来る。
貪食機能は細胞性自然免疫で重要な役割をもっており、病原体や粒状物を呑み込み食す食細胞と呼ばれる細胞によって行われる。食細胞は感染源や粒子を貪食、すなわち食う ことによって排除する役割を担う。食細胞は普段は体内を巡回して病原体を探しているが、サイトカイン によって特定の部位に誘導される[ 3] 。病原体は一旦食細胞に呑み込まれるとファーゴソームと呼ばれる細胞内小胞 によって捕らえられ、続いてリソソーム と呼ばれる今一つ別の小胞と融合してファーゴリソソームを形成する。病原体は消化酵素 によって、あるいは呼吸 バーストに続くフリーラジカル のファーゴリソソームへの放出によって殺滅される[ 31] [ 32] 。貪食機能は栄養素獲得のために進化したが、食細胞ではこの役割が拡張されて病原体の貪食を含んだ防御機構として働く[ 33] 。貪食機能は、食細胞が脊椎動物 にも無脊椎動物 にも存在することから、おそらく宿主防御の最も古い形を示したものであろう[ 34] 。
好中球とマクロファージは侵入病原体を捜して体内全体を移動している食細胞である[ 35] 。マクロファージ上や好中球上のレセプター にバクテリア 分子が結合するとバクテリアの貪食や破壊が始まる。
好中球
通常血流 中に存在し、食細胞の中で最も数が多い。通常全循環白血球の50%〜60%を占める[ 36] 。特に細菌感染の結果生じる炎症 急性期には好中球は走化性 というプロセスによって炎症部位に移動する。大抵の場合、感染の生じた現場に最初に到着する細胞である。
マクロファージ (大食細胞)
組織中に存在し、侵入した感染源を追って組織 や細胞間スペースにも入れる。多才な細胞で、酵素 、補体 タンパク質、それにインターロイキン-1 のような制御因子など広範囲にわたる化学物質 を産生する[ 37] 。マクロファージは死体・ゴミあさりの(スカベンジャー )細胞としても働き、体内の役に立たなくなった細胞、およびその他の崩壊沈着物の除去および適応免疫系を活性化する抗原提示細胞 として働く[ 5] 。
樹状細胞 (DC; dendritic cell)
外界に接する組織 の中に存在する食細胞である。したがってこの細胞は主に皮膚 、鼻 、肺 、胃 、腸 に存在する[ 38] 。この細胞の名称は神経細胞 の樹状突起 (dendrite)に似ていることから付けられた。神経細胞も樹状細胞も樹状突起を多数もっているが、神経 機能には関与していない。樹状細胞は適応免疫系の鍵となるT細胞 に抗原を提示するので、自然免疫と獲得免疫の橋渡しをしている[ 38] 。
ナチュラルキラー細胞 (NK細胞)
腫瘍 細胞やウイルス感染症腺細胞 を非特異的 に攻撃して破壊する[ 39] (ちなみにこれは炎症反応には含まない)。
好塩基球 と好酸球
好中球と関係があり、寄生虫 に対する防御の際に化学メディエータ を分泌 する。また、喘息 などのアレルギー にも関与する[ 40] 。
肥満細胞 (マスト細胞)
結合組織 や粘膜 に存在し、感染防御や傷 の回復、炎症 応答を制御する[ 41] 。この細胞は最も多くはアレルギー とアナフィラキシー に関与する[ 36] 。
特異的・適応的な獲得免疫
獲得免疫系 は初期の脊椎動物 に進化 し、より強力な免疫反応を起こし、個々の病原体 が特定の型であることを示す抗原 によって判別し記憶(免疫記憶)する機構である[ 42] 。応答は抗原特異的であり、抗原提示 と呼ばれるプロセスの間に特異的な非自己の抗原であるという認識が行われる必要がある。抗原特異性の認識によって、特定の病原体あるいは特定の病原体感染細胞に対して調整された応答の発動を可能とする。このような調整された応答を開始する能力は体内の記憶細胞によって保持される。もし病原体が1回以上生体に感染 するなら、このような特定の記憶細胞が使われて即座に病原体は排除される。
リンパ球
獲得免疫に関与する細胞 は特定の種類の白血球 で、リンパ球 と呼ばれている。その主要なタイプはB細胞 とT細胞 であり、骨髄 の中の造血幹細胞 に由来する[ 28] 。B細胞は体液性免疫 反応に関与し、T細胞は細胞性免疫 応答に関与する。B細胞とT細胞は、特定の目標を認識する受容体 分子をもっている。T細胞が病原体のような「異物」のターゲットを認識するには、抗原 (病原体 )が小片まで分解されて自己の 受容体である主要組織適合遺伝子複合体 (MHC、M ajor H istocompatibility C omplex)分子と組み合わさって提示されねばならない。T細胞には細胞傷害性T細胞 (キラーT細胞)とヘルパーT細胞 の2種類の主要なサブタイプがある。細胞傷害性T細胞はMHCクラスI分子 と結合した抗原のみを認識し、ヘルパーT細胞はMHCクラスII分子 と結合した抗原のみを認識する。これらの2つの抗原提示 の機構は、2タイプのT細胞の異なる役割を反映している。3番目のマイナーなサブタイプのT細胞としてγδT細胞 があり、MHC受容体に結合しない、非加工の抗原を認識する[ 43] 。
対照的に、B細胞の抗原に特有の受容体は、B細胞表面上の抗体 分子であり、抗原加工なしに、病原体全体を認識する。B細胞上の抗体は、将来そのB細胞が産生する抗体のサンプルであるが多少の違いが存在する。B細胞の各々の増殖系は異なった抗体を発現し、B細胞の抗原受容体の完全な1セットは体が作ることができる全ての抗体を表すものである[ 28] 。
細胞傷害性T細胞(CTL)
キラーT細胞が外来性ないし異常な抗原を表面にもった細胞に直接攻撃を加えている。[ 44]
細胞傷害性T細胞 (CTL、キラーT細胞)はT細胞 のサブグループで、ウイルス (および他の病原体 )に感染 した、損傷した、または機能不全の細胞 を殺す[ 45] 。
B細胞 と同じく、各タイプのT細胞は異なる抗原 を認識する。
細胞傷害性T細胞は、自身の持つT細胞受容体 (TCR )が別の細胞のMHC クラスI受容体と複合体を作っている特定の抗原と結合するとき、活性化する。
このMHC-抗原複合体の認識は、T細胞上のCD8 と呼ばれる共受容体 によって助けられる。
それからこのT細胞は、このような抗原を保持したMHCクラスI受容体を発現させている細胞を捜して、体内をくまなく移動する。
活性化したT細胞がこのような細胞に接触すると、パーフォリン のような細胞傷害 物質を放出する。パーフォリンは標的の細胞の細胞膜 に孔を開け、イオン 、水と毒素 を侵入させる。
グラニュライシン (英語版 ) (タンパク質分解酵素 )と呼ばれるほかの毒性物質の侵入は、標的の細胞にアポトーシス を誘導する[ 46] 。
T細胞による宿主 細胞の殺害は、特にウイルスの複製を防ぐのに重要である。
T細胞の活性化は厳しく制御されていて、一般にきわめて強いMHC-抗原複合体の活性化シグナルか、ヘルパーT細胞 による付加的な活性化シグナルを必要とする[ 46] 。
ヘルパーT細胞 (Th)
ヘルパーT細胞 の機能:抗原提示細胞 (APC)はMHC クラスII分子(MHC2)上に抗原を提示する。ヘルパーT細胞はこれを認識し、これはCD4コレセプター (CD4 + )の助けを得る。静止期ヘルパーT細胞の活性化によってサイトカイン や他の刺激シグナル(緑の矢印)が放出され、膜、細胞傷害性T細胞 、およびB細胞 の活性を刺激する。B細胞への刺激は抗体 産生につながる。B細胞とマクロファージ への刺激はヘルパーT細胞の増殖後に行われる。
ヘルパーT細胞 (Th細胞)は自然免疫と獲得免疫の両方の免疫反応を調節していて、生体が特定の病原体 に対して、どちらの免疫反応を行うか決定するのを助ける[ 47] [ 48] 。
ヘルパーT細胞には細胞を傷害する能力はなく、機能不全な細胞も殺さず、病原体も直接消さない。代わりに、他の免疫細胞への指示を司ることで免疫反応を統制している。
ヘルパーT細胞は、MHC クラスII分子と結合した抗原 を認識するT細胞受容体 (TCR)を発現 している。そのMHCと抗原の複合体は、おなじくヘルパーT細胞のCD4 共受容体によっても認識され、T細胞の活性化に作用するT細胞内の分子 (例えばLck (英語版 ) )を動員する。
ヘルパーT細胞のMHC:抗原複合体との関係は、細胞傷害性T細胞 より弱い。
それは、細胞傷害性T細胞が1個のMHC:抗原複合体分子の交わりによって活性化するのに対し、ヘルパーT細胞の活性化には、多数(200〜300くらい)の受容体に、MHC:抗原複合体が付着しなければならない、ということである。
また、ヘルパーT細胞の活性化には、抗原提示細胞 とより長い交わり時間を必要とする[ 49] 。
休んでいたヘルパーT細胞は、活性化により、他の多くの細胞種の活性に影響するサイトカイン を遊離する。
ヘルパーT細胞によって放出されるサイトカインのシグナルは、マクロファージの微生物 殺滅作用と細胞傷害性T細胞や抗体 を産生するB細胞 の活動を強化する[ 3] 。
加えて、ヘルパーT細胞の活性化は、CD40リガンド(別名CD154 (英語版 ) )のようなT細胞表面に発現している分子の調整量の上昇を引き起こす。
この分子は抗体産生B細胞を活性化するのに必要な代表的な付加的刺激シグナルとして働く[ 50] 。
γδT細胞
γδT細胞 はCD4+ およびCD8+ (αβ)T細胞とは対照的に別のT細胞受容体 (TCR)をもち、ヘルパーT細胞、細胞傷害性T細胞 、およびNK細胞 と同じ性質を共有する。γδT細胞から応答を得る条件は完全には解明されていない。他のなじみのない変異型TCRをもったT細胞サブセット、例えばCD1d-拘束性ナチュラルキラーT細胞 などと同様に、自然免疫と適応免疫の間を広くまたいでいる[ 51] 。一方でγδT細胞は、この細胞はTCR遺伝子 を再編成して受容体の多様性を生じること、そして記憶表現型も発達させることができることから、適応免疫の要素である。他方様々なサブセットは、制限されたTCRあるいはNK受容体が受容体のパターン認識 に用いられることがあるため、自然免疫系の一部分をなす。例えばきわめて多数のヒトVγ9/Vδ2 T細胞は微生物 によって産生される共通の分子 に対して数時間以内に応答する。さらに高度に制限されたVδ1+
T細胞は上皮細胞 が受けるストレスに応答するようだ[ 52] 。
B細胞と抗体
抗体 は2本の重鎖と2本の軽鎖から構成される。ユニークな可変部(可変領域)は対応する抗原 を認識することが出来る。また、マクロファージ は定常部に対する受容体 を持っている[ 44] 。
1個のB細胞 は表面上の抗体 が特定の外来抗原 に結合すると病原体 を認識することになる[ 53] 。この抗原/抗体複合体はB細胞に取り込まれタンパク質分解 プロセスによってペプチド にされる。B細胞は次にこれら抗原ペプチドを特異的なMHC クラスII分子上に提示する。MHCと抗原の複合体はその抗原と特異的に結合するヘルパーT細胞 を引き寄せ、そのヘルパーT細胞がB細胞を活性化するリンフォカイン を放出する[ 54] 。B細胞が活性化されて増殖のための分裂を始めるとその子孫(形質細胞 )はこの抗原を認識する特異的な抗体コピーを何百万分子 も生産、分泌する。
これらの抗体は血管 の血漿やリンパ管 に入って循環する。抗体 の実体は免疫グロブリン とよばれるタンパク質 で、抗原を発現している細菌 などの病原体に特異的に結合し、補体系 の活性化あるいは食細胞 による取り込みと破壊が起きるようマークを付ける。これをオプソニン化 という。抗体は侵入病原体に対し、細菌の毒素 に結合したりウイルス や細菌が細胞に感染する際に利用する受容体に妨害作用を及ぼして、直接中和 [要曖昧さ回避 ] することもできる[ 55] 。
代替的適応免疫系
適応免疫の古典的な分子 (例えば抗体 やT細胞 受容体)は顎をもった脊椎動物 のみに存在するにも拘わらず、ヤツメウナギ やメクラウナギ のような原始的な無顎脊椎動物 には独特なリンパ球由来の分子が発見されている。これらの動物には変異性リンパ球受容体(VLRs)と呼ばれる大きな一群の分子が備わり、顎をもった脊椎動物の抗原受容体 のようにごくわずかな数(1つか2つ)の遺伝子 のみから産生される。これらの分子は抗体と同じやり方で病原体 の抗原 に抗体と同じ程度の特異性をもって結合すると信じられている[ 56] 。
免疫記憶
記憶細胞は同じ抗原が体内に侵入したときには、一次応答よりも抗体を迅速かつ大量に長期間に産生する。この反応は二次応答 と呼ばれる。
B細胞 とT細胞 が活性化されて複製を始めるとそれらの子孫細胞の中には長期間体内に残存する記憶 細胞になるものがあるだろう。動物 の生涯にわたってこれらの記憶細胞は各々の特異的な病原体 に出合った記憶を保持し、病原体が再び感知されると強力な応答を発動できる。これは、個体の生涯にわたって病原体による感染 に適応して起こり、免疫系が将来の接触に対して準備するものであるから、「適応」であると言える。免疫記憶 は短期間の受動的な記憶の形か長期間にわたる能動的な記憶の形かのいずれかで成立しうる。
受動的な記憶
受動免疫 passive immunity は、抗体 、細胞傷害性T細胞 (CTL)といった既存の作用物質を投与して起こす免疫反応。
新生児 はあらかじめ微生物 に接触することはなく特に感染 を受けやすい。そこで母親からいくつかの階層からなる受動防御が提供される。妊娠 中抗体の特別の型IgG が胎盤 を経由して直接母親から胎児 に輸送される。したがってヒト 新生児は誕生 時すでに高レベルの母親と同じ抗原特異性の幅を持った抗体をもっている[ 57] 。母乳 も抗体をもっており赤ん坊の胃 に移動し、新生児が自分自身の抗体を合成できるまで、細菌感染を防御する[ 58] 。これは受動免疫であって、胎児は実際記憶細胞あるいは抗体を作らずそれらを母親から借用するだけであるから、この受動免疫は普通短期間のもので、数日から数カ月しか続かない。医学 では、防御的な受動免疫が、ある個人から他人へ抗体リッチな血清 を人工的に移すことでも行いうる[ 59] 。
能動的な記憶と免疫処置
免疫応答が病原体 の感染 (あるいはワクチン 初回投与)から始まり能動的な免疫記憶を形成して維持される時間的経過。
能動免疫 active immunity は、ワクチン などの抗原 を投与して誘導する免疫反応。
長期的な能動的な 記憶は感染後B細胞 およびT細胞 の活性化によって獲得される。能動免疫は人工的にもワクチン接種 によって成立させ得る。ワクチン接種(あるいは免疫処置と呼ばれる)の原理は病原体 の抗原を導入し免疫系を刺激してその特定の病原体に対する特異的免疫を発達させその病原体由来の病気を起こさないようにすることである[ 3] 。この意図的な免疫応答の誘導は免疫系が自然に作り出している特異性を利用していること、そうして免疫を誘導できるということによって成功している。ヒト 集団の主要な死因の一つに感染症 があることからワクチン処置は人類が発展させた免疫系の操作の中で最も効果のあるものである[ 28] [ 60] 。
大部分のウイルスワクチンは生きた弱毒化したウイルスをもとにしているが多くの細菌ワクチンは有害作用のない毒 物質の成分など細菌 の構成要素の非細胞成分をもとにしている[ 3] 。多くの非細胞成分由来の抗原によるワクチンはあまり適応免疫応答を起こさないため、大部分の細菌ワクチンは、自然免疫の抗原提示細胞 を活性化し免疫原性を最大にするアジュバント を添加して提供される[ 61] 。
ヒトの免疫異常
免疫系は、特異性、誘導性、および適応性を取り込んできわめて効果的な構造をもつに至っている。しかし宿主防御に失敗することがあり、これは3つの大まかなカテゴリーに分けられる。免疫不全、自己免疫、過敏症、である。
免疫不全
免疫不全は免疫系の1つないしそれ以上の要素が機能しない場合に起きる。免疫系が病原体 に対して応答する能力は、若くても年を取っても減退する。免疫応答は50歳位から免疫老化 のために衰え始める[ 62] [ 63] 。先進国 では肥満 、アルコール依存症 、薬物 使用は免疫機能を弱める共通の原因である[ 63] 。しかし開発途上国 では栄養不良 が免疫不全の最も多く見られる原因である[ 63] 。十分なタンパク質 を取らないダイエット は細胞性免疫 や補体 活性、食細胞 機能、IgA 抗体濃度、サイトカイン 産生を損なう。栄養素 であるイオン 、銅 、亜鉛 、セレン 、ビタミン A、C、E、B6 、葉酸 (ビタミンB9 )が1つでも欠乏したら免疫応答は減退する[ 63] 。加えて若いときに胸腺 を遺伝 的突然変異 の原因か手術 による摘出で失うと、重症の免疫不全を起こし、感染性が非常に高くなる[ 64] 。
免疫不全は遺伝でも後天的 でも生じうる[ 3] 。慢性肉芽腫 症では、食細胞 の病原体破壊力が弱いということがあるが、遺伝性または先天性 の免疫不全の例であるAIDSやいくつかのがん の型は、後天的な免疫不全を起こす[ 65] [ 66] 。
ある種のウイルス に感染することによって免疫機能が破壊され、様々な感染症 ・合併症 を引き起こす病気が後天性免疫不全症候群 (AIDS、エイズ)である。またこのウイルスをヒト免疫不全ウイルス (HIV) と呼ぶ。先天的に免疫機能が破綻しており、様々な感染症などを引き起こす病気はまとめて原発性免疫不全症候群 と呼ばれる。
自己免疫
免疫応答の亢進は特に自己免疫病のような免疫不全の一方の極端をなす。ここでは免疫系は、自己と非自己を的確に区別できないで、自己の身体部分を攻撃 する。普通の状態では多くのT細胞 を抗体 は自己のペプチド と反応する[ 67] 。特別な細胞 (胸腺 および骨髄 に潜む)の機能の1つに若いリンパ球に体内で産生されている自己抗原を提示し、自己抗原と認識した細胞を排除して自己免疫を防いでいる[ 53] 。
過敏症
アレルギー(過敏症)は自己の組織 に損傷を与える免疫応答である。クームス分類によると、5つの型に分けられる。
I型アレルギーは即時的な反応あるいはアナフィラキシー 反応で、しばしばアレルギーに付随している。症状は穏やかな不快さから死 に至るまで幅広い。I型アレルギーはマスト細胞 や好塩基球 が分泌するIgE が原因である[ 68] 。
II型アレルギーは抗体 が自己の細胞の抗原 に結合 してそれを破壊するようマークを付けることから起こる。これは抗体依存性感染増強 (ADE:英 : Antibody-dependent enhancement 、細胞傷害性過敏)と呼ばれ、IgG やIgM 抗体が原因である[ 68] 。免疫複合体(抗原の凝集、補体 タンパク質、およびIgGとIgM抗体)が様々な組織で沈着するとIII型アレルギーの反応が引き起こされる[ 68] 。
IV型アレルギーは(細胞媒介性あるいは遅延型アレルギーとしても知られるが)生じるまでに普通は2〜3日かかる。IV型の反応は多くの自己免疫病や感染症 で見られるが、接触皮膚炎 (ツタウルシ )にも見られる場合がある。これらの反応に関与しているのはT細胞 、単球およびマクロファージ である[ 68] 。
V型アレルギーは機序はII型と同様であるが、刺激性の部分だけが異なる。バセドウ病 が代表的な疾患である。
他の機構
無脊椎動物 はリンパ球を生み出していないし、抗体 に基づいた体液性反応も生み出していないので多要素からなる適応免疫系は最初の脊椎動物 に生じたと思われる[ 1] 。しかし多くの種は脊椎動物の免疫のこれらの諸面の前駆機能として発現させている機構を活用している。免疫系は生物 の機能構造としては最も簡単なものでさえあると見受けられる。細菌 はバクテリオファージ と呼ばれるウイルス 病原体から守るために制限修飾系と呼ばれるユニークな防御機構を用いている[ 69] 。原核生物 も獲得免疫系をもっており、過去に接触したファージ のゲノム 断片を保持するのにCRISPR 配列を用いてRNA干渉 のような形でウイルスの複製を妨害することができる[ 70] [ 71] 。
パターン認識 受容体は病原体 に付随した分子 を感知するのにほとんど総ての生物によって利用されている。ディフェンシンと呼ばれる抗微生物ペプチド は全ての動物および植物 に見られる自然免疫応答の進化 的に保存された要素の1つである[ 1] 。補体系 や食細胞 も大部分の無脊椎動物で利用されている。リボヌクレアーゼ とRNA干渉の反応経路は全ての真核生物 で保存されていてウイルスに対する免疫応答に役割を果たしていると考えられる[ 72] 。
動物と違い植物では食細胞を欠く。植物の大部分の免疫応答には植物から放出される全身的な化学的シグナルがある[ 73] 。植物の一部が感染を受けるとその植物は局所的な過敏性の反応を起こす。そのことによって感染部位の細胞は速やかなアポトーシス を起こし他の植物への感染の広がりを阻止する。全身獲得抵抗性 (SAR ; S ystemic A cquired R esistance)は防御反応の1つの型で、植物全体が特定の感染性病原体に抵抗するようにする[ 73] 。RNAサイレンシング 機構はウイルス複製をブロックできるのでこの全身的応答に特に重要である[ 74] 。
腫瘍免疫
マクロファージ が癌細胞 を認識したところ。左下~中央の仮足 を持つ不定形の細胞(突起をたくさんもった大きな塊)が癌細胞、それに付着する凸凹の白い小さな球状細胞がマクロファージ。マクロファージは癌細胞と融合し、腫瘍細胞を殺す毒物 を注入するだろう。がん治療における免疫療法 は活発な医学 研究領域の1つである[ 75] 。
免疫系の他の重要な役割に腫瘍 を見つけて排除することがある。腫瘍による形質転換細胞は正常細胞 にない抗原 を発現する。免疫系にとってこれらの抗原は非自己に見え、免疫細胞は形質転換 した腫瘍細胞を攻撃する。腫瘍によって発現 する抗原にはいくつかの発生源がある。子宮頚がん を起こすヒトパピローマウイルス のような発がん性ウイルス 由来のものもあれば[ 76] [ 77] 、正常細胞では低レベルにしか見られないが腫瘍細胞で高レベルで見られるような自己タンパク質 もある。例えばチロシナーゼ と呼ばれる酵素 は、高レベルに発現するとある種の皮膚 細胞(例: メラノサイト )をメラノーマ と呼ばれる腫瘍細胞に転換させる[ 78] [ 79] 。腫瘍抗原 の第三の可能性は突然変異 に伴い、通常は細胞の増殖 や生存を制御するのに重要なタンパク質ががん誘起分子へ変化することである[ 76] [ 80] [ 81] 。
免疫系の腫瘍に対する主な反応は異常細胞を細胞傷害性T細胞 (CTL)やときにヘルパーT細胞 の補助を受けて破壊することである[ 79] [ 82] 。腫瘍抗原はウイルス抗原と同じようにMHC クラスI分子上に提示される。これによって細胞傷害性T細胞(CTL)は腫瘍細胞を異常と見なす[ 83] 。NK細胞 も同じように腫瘍性の細胞を殺滅し特にMHCクラスI分子が正常に比べ少なく発現されている腫瘍細胞に対して作用する。このことは腫瘍細胞では一般的な現象として見られることである[ 84] 。往々にして腫瘍細胞に対して抗体が産生され補体系 にもそれらの細胞を破壊することが図られる[ 80] 。
明らかに腫瘍の中には免疫系をうまく逃れてがんに向かうものがある[ 85] 。腫瘍細胞はしばしば表面にMHCクラスI分子を発現する数が少ないので、細胞傷害性T細胞(CTL)による検出を免れる[ 83] 。また腫瘍細胞の中には免疫応答を阻害する産物を放出するものがあり、例えばサイトカインTGF-β を分泌するとマクロファージ やリンパ球の活性が抑制される[ 86] 。加えて腫瘍細胞に対し免疫寛容 が発達し免疫系が腫瘍細胞をもはや攻撃しないようにさせる場合もある[ 85] 。
逆説的だが、腫瘍細胞がマクロファージをおびき寄せるサイトカイン を放出し、マクロファージはその後腫瘍細胞が成長するようなサイトカインと増殖因子 を産生するような場合、マクロファージは腫瘍の増殖を促進できる[ 87] 。加えて腫瘍細胞における低酸素 状態とマクロファージ産生のサイトカインの組合せは腫瘍細胞が転移 をブロックするタンパク質を産生するのを減らし、がん細胞の広がりを助けることになる。
生理学的制御
ホルモン は免疫調節物質として働き、免疫系の感受性を変えることができる場合がある。例えば女性の性ホルモン は適応免疫応答に対しても[ 88] 自然免疫応答に対しても[ 89] 免疫賦活活性をもっていることが知られている。全身性エリテマトーデス のような自己免疫病 は女性を選択的に襲うが、発症の時期はしばしば思春期 であるという時期の一致がある。対照的にテストステロン のような男性ホルモン には免疫抑制力があるようだ[ 90] 。他のホルモンにも免疫系を制御していると思われるものがあり、中でも有名なのがプロラクチン 、成長ホルモン 、ビタミンD である[ 91] [ 92] 。ホルモンレベルが年とともに減少を続けると、特に年老いた人々にとって免疫応答が減弱する原因となる[ 93] 。反対にホルモンの中には免疫系の制御を受けるものがあり、目立つものとして、甲状腺ホルモン があり、免疫系の制御を受ける[ 94] 。
免疫系は睡眠 や休息 によって増強され[ 95] ストレス によって損なわれる[ 96] 。
ダイエット は免疫系に影響することがある。例えば新鮮な果物 、野菜 、ある種の脂肪酸 の豊富な食物 は健康 な免疫系を維持促進する[ 97] 。同じように胎児 の低栄養状態は免疫系に生涯続く損傷を与えうる[ 98] 。伝統的な医学 ではハーブ の中に免疫系を刺激するものがあると信じられている。このようなハーブには、例えばエキナセア 、甘草 、距骨 (玉縁)、サルビア 、ニンニク 、アメリカ・ニワトコ の実、シイタケ 、リンザイキノコ 、ヒソップ 、があり、さらにハチミツ がある。研究によると、作用の仕方は複雑で特徴付けは困難にしても、そのようなハーブは免疫系を刺激することが示唆されている[ 99] 。
医学における操作
免疫抑制薬 デキサメタゾン
免疫応答は、自己免疫、アレルギー 、移植拒絶反応 の結果起こる望まれない応答を抑制するよう、また、免疫系を大体逃れている病原体 に対する防御反応を刺激するよう、操作しうる。ワクチン 接種や血清療法 は、免疫機構の抗原抗体反応 を利用したものである。免疫抑制薬 は自己免疫疾患 や過剰な組織 破壊が起こっている炎症 の制御に、また器官移植後の移植拒絶を妨げるために使用される[ 28] [ 100] 。
抗炎症薬 はしばしば炎症の影響を制御するのに用いられる。糖質コルチコイド はこれらの薬品の中で最も強力なものである。しかしこれらの薬品は多くの予想外の副作用 をもちうる(例えば、中心性肥満 、高血糖症 、骨粗鬆症 )。使用は厳重にコントロールしなければならない[ 101] 。したがって、抗炎症薬は少量にしてメトトレキセート やアザチオプリン のような細胞傷害性あるいは免疫抑制薬との組合せで用いることがしばしば行われる。細胞傷害性の薬品は活性化T細胞 のような分裂中の細胞を殺すような免疫応答を阻害する。しかし殺滅作用は区別できないから定常的に分裂している細胞とそれらの器官 は影響を受け、これが毒性 をもった副作用をもたらす[ 100] 。シクロスポリン のような免疫抑制薬はシグナル伝達系を阻害することによってT細胞がシグナルに正しく反応するのを阻害する[ 102] 。
大きな薬品(>500Da)は、特に繰り返し何度も投与されたり、投与量が大きいと、免疫応答を中和する場合がある。大きなペプチド およびタンパク質 (典型的には6,000Da以上)に基づいた薬品の効果には限界がある。薬品自身には免疫原性はなく、免疫原性のある物質と共投与される場合がある。このようなことはタキソール の場合時々見かける。ペプチドとタンパク質の免疫原性を予想するのにコンピュータ による方法が開発されて来ており特に治療用の抗体 のデザイン、ウイルスのコート粒子に起こりそうな毒性突然変異 を評価したり、ペプチドベースでの薬品処理の検証に有用である。初期のテクニックでは主にエピトープ 域では親水性 のアミノ酸 が疎水性 のアミノ酸より過剰に発現されているという観察に頼っていたが[ 103] 、より最近の研究成果では、通常よく研究されたウイルスタンパク質に基づいてコンピュータはそれを学習材料として、知られたエピトープのデータベース に関しコンピュータが学習したテクニックに頼っている[ 104] 。公開されてアクセスできるデータベースが、B細胞によって認識されるということが知られているエピトープのカタログ化を行うために確立されている[ 105] 。免疫原性のバイオインフォマティクス に基づいた研究分野は新たに誕生したもので免疫インフォマティクスと言及される[ 106] 。
病原体の操作
病原体 の成功は宿主の免疫応答から逃れる能力に依存している。したがって病原体は宿主にうまく感染 できるような方法を免疫を媒介にした破壊を免れつつ、いくつか発達させてきた[ 107] 。細菌はしばしば物理的障壁についてはそれを分泌酵素 で消化 することによって切り抜ける。例えばII型分泌系の利用などである[ 108] 。別の方法としてはIII型分泌系 の利用があり、宿主細胞に穴を開ける管を挿入する。直接この管を通じて病原体から宿主へタンパク質 を移動させる。管を通って輸送されるタンパク質はしばしば宿主防御を停止するのに用いられる[ 109] 。
いくつかの病原体が自然免疫系から免れるのに用いている回避戦略は、細胞内複製である(細胞内病原性とも呼ばれる)。この場合病原体は生活史の大部分を宿主細胞内で過ごす。そこでは、免疫細胞、抗体 、それに補体 に直接接触することはなくそれらから保護される。細胞内病原体の例としてはウイルス 、食中毒 細菌のサルモネラ菌 、真核生物 の寄生虫 であるマラリア を起こすもの(Plasmodium falciparum )やリーシュマニア症 を起こすもの(Leishmania spp.)などである。結核菌 (Mycobacterium tuberculosis )のような他の細菌は補体による溶解を阻止する保護カプセル中に生存する[ 110] 。多くの病原体が宿主の免疫応答を弱め方向を間違うような化学物を分泌する[ 107] 。細菌の中には免疫系の細胞やタンパク質から守るために生物的フィルム を形成するものがある。そのような生物的フィルムは多くの感染成功例に見られ、例えば嚢胞性線維症 が特徴の慢性緑膿菌 感染やバークホルデリア・セノセパシア (英語版 ) 感染がある[ 111] 。ほかに抗体に結合する表面タンパク質を発現して抗体の効力を落とす細菌がある。この例には連鎖球菌 (Gタンパク質 )、黄色ブドウ球菌 (Aタンパク質 )、ペプトスプレプトコッカス・マグナス (英語版 ) (Lタンパク質 )がある[ 112] 。
ウイルスが適応免疫系から免れる機構はもっと込み入っている。簡単な方法は、必須なエピトープ は隠しもって全く必須でないウイルス表面上のエピトープを素早く変化させることである(アミノ酸か糖あるいは両方)。例えばHIV は、宿主のターゲット細胞に侵入するのに必須なウイルス外膜のタンパク質に絶えず突然変異 を起こす。抗原のこれら頻繁な変化はこれらのタンパク質を対象とするワクチン を失敗させていることを説明するだろう。抗原を宿主分子でマスクする方法は宿主細胞から逃れるのによく見られる戦略である[ 113] 。HIVではウイルスを覆う外膜は宿主細胞のもっとも外側の膜から作られている。このような"自己を覆い隠す"ウイルスは免疫系が"非自己"と認識するのを困難にしている[ 114] 。
免疫学とその歴史
免疫学 は免疫系の構造と機能を研究する科学である。
これは医学から生まれ初期の研究は病気に対する免疫の原因についてであった。免疫に最初に言及したのは、知られる限りでは、BC430年 のアテネ の悪疫流行の間である。ツキジデス は、以前病気にかかって回復した人々は患者を看護しても2度罹ることはないと記した[ 115] 。このようにして観察された獲得免疫はのちにルイ・パスツールによって探求され、ワクチン接種の開発や病気の微生物原因論の提案に結びついた[ 116] 。パスツールの理論は病気の当時流布していた瘴気論 のような理論に真っ向から立ち向かうもので、この証明は、1891年にロバート・コッホ によってなされた微生物が感染症の原因であることの証明まで待たねばならなかったが、コッホは1905年にノーベル賞に輝いた[ 117] 。1901年のウォールター・リード (英語版 ) による、黄熱病 ウイルス発見の際、ウイルスがヒト病原体 として確認された[ 118] 。
免疫学は19世紀終わりに向かって長足の進歩を遂げたが、急速な発展の中に体液性免疫および細胞性免疫の研究[ 119] で特に重要なのはパウル・エールリヒ の仕事であり、彼は抗原-抗体反応の特異性の説明に側鎖説 を唱えた。体液性免疫 の理解に対する貢献は、細胞性免疫研究の立役者であるイリヤ・メチニコフ と共同で1908年ノーベル賞受賞したことで認められた[ 120] 。
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関連項目
細胞 (造血幹細胞 由来)
分子
異物
異常、障害、免疫疾患
医薬品
外部リンク