入声(にっしょう、にゅうせい)は、古代中国語の声調(四声)のうち、音節末子音が内破音 [p̚]、[t̚]、[k̚] で構成され、短く詰まって発音される音節を調類としたものをいう。韻尾の分類からは入声韻と呼ばれ、陰声韻(母音)・陽声韻(鼻音 [m]、[n]、[ŋ])と対立する。仄声に属する(仄声には他に上声と去声がある)。中古音では明確にこの音素を持っていたと考えられるが、現代中国語では方言によっては変化・消滅し、標準中国語(普通話および国語)では完全に失われている。
方言に残る入声
台湾語などの閩南語では -p、-t、-k、-h があり、 -h は声門閉鎖音 [ʔ] を表す。調値によって8種(実質的には7種)に分けた場合の第4声(陰入)と第8声(陽入)を取る。但し、-h については連続変調により第2声、第3声を取ることもある。 -h は語によって他方言の -p、-t、-k、陰声韻(母音)、陽声韻(鼻音)に対応する。
粤方言の代表的な方言である広東語では -p、-t、-k があり、調値によって6種に分けた場合の第1声(陰入[上陰入])・第3声(中入[下陰入])・第6声(陽入)の3つの段位声調のほか、第2声と同じ調値の高昇変調(超入[1])を取る語(「鹿 luk2」「郵局 yau4guk2」など)がある。断音[注釈 1]だが、長母音と結び付く場合(「鴨 aap3/ngaap3」など)もある[注釈 2]。
客家方言では -p、-t、-k があり、調値によって6種に分けた場合の第5声(陰入)と第6声(陽入)を取る。
贛方言では -t、-k(-p は一部地域のみ残存)があり、調値によって5種に分けた場合の第4声(陰入)と第5声(陽入)を取る。
呉方言(上海語など)・北方方言の一部(晋語など)・閩方言の一部(閩東語など)では声門閉鎖音 [ʔ] として残っており、上海語では、調値によって5種に分けた場合の第4声(陰入)と第5声(陽入)を取る。
官話方言・湘方言では、音節末子音が消滅したものの調値の違いだけが残る例(南京官話・長沙語など)もある。
周辺言語に残る入声
ベトナム語では、-p、-t、-c、-ch があり、第3声[注釈 3](thanh sắc (鋭調) / thanh sắc tắc (鋭促調)[陰入])と 第6声
(thanh nặng (重調) / thanh nặng tắc (重促調)[陽入])のみを取る。軟口蓋音 -c は、鼻音 -ng と同様、一部が、硬口蓋音 (-ch、鼻音 -nh) に変化(硬口蓋化)している(単母音 a, ê, i(y) に後続する時)。
朝鮮語では、-p(終声ㅂ)、-l(終声ㄹ)、-k(終声ㄱ) があり、-t が -l に変化している。ただし、朝鮮語の発音規則により、後ろに音節がある時に、「욕망」(欲望、yongmang ← yokmang)や「십오」(十五、sibo ← sip-o)のように鼻音(鼻音化)や初声(連音化)として発音する場合もある。
日本語の漢字音における音読みでは、-i か-u の母音が挿入され、字音仮名遣で[フ・ク・ツ・チ・キ]で終わるものがほぼ入声であると考えてよい。これらは学校が「ガクコウ」ではなく、「ガッコウ」に、十個が「ジュウコ(←ジフコ)」ではなく、かつては「ジッコ」現在では多く「ジュッコ」となるように、無声子音の前では、元の形の近い音価を残している。室町時代には-tの入声があり、例えば「念仏」はNembut、「念仏は」はNembuttaと発音された。現代語でも、「雪隠」set-in などにその名残が見られる。入声は仄声に属するため、「フクツチキに平字無し」という言葉がある。
親字 |
推定中古音 |
呉音 |
漢音 |
普通話 |
廈門語 |
広東語
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客家語
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贛語 |
呉語/上海語 |
南京官話
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湘語/長沙語
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晋語 |
朝鮮語 |
ベトナム語
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合
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[ɣʌp]
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ゴフ
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カフ
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hé
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hap⁸
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hap⁹ (hap⁶)
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hap⁶
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[hot̚]
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[ɦəʔ]
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ho⁵ [xo˥]
|
ho⁶
|
[xaʔ]
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hap 합
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hợp
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十
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[dʑip]
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ジフ
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シフ
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shí
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sip⁸ / chap⁸
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sap⁹ (sap⁶)
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sṳp⁶
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[set̚]
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[zəʔ]
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shr⁵ [ʂʅ˥]
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shy⁶
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[səʔ]
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sip 십
|
thập
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佛
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[but]
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ブツ
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フツ
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fó
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hut⁸ / put⁸
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fat⁹ (fat⁶)
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fut⁶
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[fut̚]
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[vəʔ]
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fu⁵ [fu˥]
|
fu⁶
|
[fəʔ]
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bul 불
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phật
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八
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[pæt]
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ハチ
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ハツ
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bā
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pat⁴ / pueh⁴
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baat⁸ (baat³)
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pat⁵
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[pat̚]
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[paʔ]
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ba⁵ [pa˥]
|
ba⁶
|
[paʔ]
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pal 팔
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bát
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易(かえる)
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[jæk]
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ヤク
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エキ
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yì
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ek⁸
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yik⁹ (yik⁶)
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yit⁶
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[ik̚]
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[iɪʔ]
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i⁵ [i˥]
|
i⁶
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[iəʔ]
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yeok 역
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dịch
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客
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[kʰæk]
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キャク
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カク
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kè
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khek⁴ / kheh⁴
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haak⁸ (haak³)
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hak⁵
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[kʰak̚]
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[kaʔ]
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kä⁵ [kʰɛ˥]
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ke⁶
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[kʰaʔ]
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gaek 객
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khách
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現代中国語との関係
現代中国語(普通話)の声調と入声の関係は、清音については統一した法則が無いが、濁音に関しては大体において全濁(有声破裂音・摩擦音)が第二声、次濁(鼻音・流音)が第四声となっている。統計によると入声が普通話で第四声となったものは40%、第二声となったものは31%、第一声となったものは21%、第三声となったものは8%となっている。
なお、現代の普通話と国語では、一部の入声字の発音が異なる。例:突 tū(普通話)tú(国語)、淑 shū(普通話)shú(国語)、寂 jì(普通話)jí(国語)、息 xī(普通話)xí(国語)[2]。
脚注
注釈
- ^ 促音という呼び方もある。入声以外の音節は、滑音と呼ばれることがある。
- ^ 入声(断音調[促音調])では、変調を除いて、第1声(陰入[上陰入])は大半が単母音(長母音は稀にしか現れない)と、第3声(中入[下陰入])は大半が長母音(単母音は稀にしか現れない)と、第6声(陽入)は単母音・長母音の両方と結び付く。(中嶋幹起. 現代廣東語辭典. 大学書林. ISBN 978-4-475-00128-1 )
- ^ ベトナム語の声調配列順は、明確には決められていない為、辞書・参考書・学習書によっては、第5声と書かれたものもある。
出典