内幌町(ないほろちょう)は、日本の領有下において樺太に存在した町。
内幌という地名は、アイヌ語の「ナイ・ポロ」(大きな川)による[2]。
現在は、ロシア連邦がサハリン州ゴルノザヴォーツク (Горнозаводск) として実効支配している。
概要
歴史
町内の地名
- 内幌
- 内幌炭山
- 中内幌
- 下内幌
- 奥内幌
- 下内幌沢
- 上内幌沢
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- 北内幌沢
- 気主(けぬし)
- 宇仁(うに)
- 越内(おこしない)
- 牛荷沢(うしにざわ)
- 越内沢(おこしないざわ)
- 椎内川第一支流殖民地(しいないがわだいいちしりゅうしょくみんち)
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地域
教育
以下の学校一覧は1945年(昭和20年)4月1日現在のもの[5]。
- 樺太公立気主国民学校
- 樺太公立内幌第一国民学校
- 樺太公立内幌第二国民学校
- 樺太公立上内幌国民学校
- 樺太公立奥内幌国民学校
出身者
脚注
- ^ 市町村別日本国勢総攬 下卷(帝国公民教育教会 1938年)
- ^ 南樺太:概要・地名解・史実 p.285
- ^ 『椎内川』(樺太内幌会編 昭和60年)p. 11
- ^ 南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)より。
- ^ 北海道立教育研究所『北海道教育史 地方編2』(1957年)p. 1686
- ^ “故 田本憲吾 第六代帯広市長お別れの会を行います”. 帯広市 (2023年4月21日). 2023年8月29日閲覧。
- ^ “元帯広市長、田本氏の告別式で功績偲ぶ 350人以上が参列”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (2023年4月4日). https://kachimai.jp/article/index.php?no=583307 2023年8月28日閲覧。
関連項目