大地 康雄(だいち やすお、1951年11月25日 - )は、日本の俳優。熊本県熊本市生まれ。所属事務所はパイプライン。本名、下地 常雄[1]。
父親は沖縄県宮古島市伊良部(旧・宮古郡伊良部町)出身。母親は宮古島市城辺(旧・宮古郡城辺町)出身。
来歴・人物
石垣教育区立石垣中学校、琉球政府立八重山商工高等学校で生徒会長[2]。卒業後、集団就職で上京する。最初は葛飾区のスーパーで働いていたが、同じ沖縄組の同僚が俳優になる為にオーディションを受けると言った為、自分も一緒にオーディションを受けることにした。そのオーディションで大地は受かったのだが、「俳優になるなんて夢のまた夢」という思いがあった為、その時は本格的に俳優を目指そうとは思わなかった。その後、葛飾区のスーパーをやめ、銀座のスーパーで経営事務をするが、体を使わないデスクワークが合わず1年で見切りをつけて辞め、これを機に本格的に俳優を目指すことを決意。そしてその頃、偶然アルバイトで行った先が伊藤雄之助宅であったため、「弟子にしてくれ」と7回通って懇請し、晴れて弟子入りが許され付き人となる[3]。
1979年、木下惠介監督『衝動殺人 息子よ』で映画デビュー。
1983年、『深川通り魔殺人事件』(同名事件を基にしたノンフィクション)の主役の殺人犯役を演じ、注目される。
1987年、『マルサの女』の伊集院役でブレイク(当初、この役は川谷拓三がキャスティングされていたが、川谷とスタッフの間で不和が生じて川谷は降板し、その代役として回ってきた役で、『深川通り魔殺人事件』の再放送をたまたま見ていた伊丹が抜擢したもの[4] で、業界的にはある程度顔は覚えられていたものの、ほとんど無名に近い存在ながら、ガサ入れシーンで見せる喜怒の落差等の演技は、監督の伊丹十三を「さすが苦労人!」と大いに満足させた[5])。
その後、『バカヤロー!』で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞した[6]。
1991年、『太平記』で主人公・足利尊氏の側近である一色右馬介役で第一話から最終話まで出演した。同年、第28回ギャラクシー賞・テレビ部門個人賞を受賞[7]。
テレビドラマ版『お父さんは心配症』では一人娘を心配するあまりボーイフレンドを縛り上げたり火であぶったりしようとする過激で変態的な父親光太郎役を怪演した。
インタビューでは「僕には息子しかいないから娘がいたらこんなに可愛い感じなのかな」と娘の典子役の持田真樹に目を細めていた。
2005年には、企画・脚本・製作総指揮・主演の1人4役をつとめた映画『恋するトマト』を公開した。
2013年には、企画・主演をした映画『じんじん』を公開した。
2014年7月より、株式会社パイプライン(所在地:東京都港区南麻布)へ移籍。
出演
映画
テレビドラマ
- NHK
- 日本テレビ
- TBS
- フジテレビ
- テレビ朝日
- テレビ東京
- WOWOW
テレビ紀行
- NHK
- 読売テレビ放送
CM
舞台
脚注
出典
外部リンク
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