大竹 太郎(おおたけ たろう、1905年(明治38年)9月29日[1] - 1987年(昭和62年)12月16日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(4期、自由民主党)。弁護士。
経歴
新潟県中頸城郡頸城村(現上越市)出身[1]。1930年(昭和5年)東京帝国大学独法科卒[1][2]。弁護士となり[2]、陸軍主計大尉[2]、頸城運送倉庫社長を経て[3]、新潟県議となる[2]。1963年(昭和38年)の第30回衆議院議員総選挙で旧新潟4区から自由民主党公認で立候補して初当選する。第3次佐藤内閣法務政務次官、衆議院法務委員長を歴任する。1976年(昭和51年)の第34回衆議院議員総選挙で落選し[1]、政界を引退した。1983年(昭和58年)春の叙勲で勲二等瑞宝章受章(勲五等からの昇叙)[3][4]。1987年(昭和62年)12月16日死去、82歳。死没日をもって正七位から従四位に叙される[5]。
この他、頸城自動車、くびき生コンなどの社長を務めた[2]。
脚注
参考文献
- 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年11月。
- 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年(平成15年)。