山本 安正(やまもと やすまさ、1940年(昭和15年)11月13日 - )は、日本の海上自衛官、第23代海上幕僚長。防衛大学校第7期卒業。
略歴
東京府出身。両国高校を経て防衛大学校(第7期)を卒業し、海上自衛隊に入隊。護衛艦「とかち」艦長、第4護衛隊群司令、海上幕僚監部人事教育部長、統合幕僚会議事務局長、横須賀地方総監等の要職を歴任し、第23代海上幕僚長に就任。在任中の1998年(平成10年)には「北朝鮮によるミサイル発射実験」、翌1999年(平成11年)には「能登半島沖不審船事件」が発生。不審船事案では海上自衛隊創設以来初となる海上警備行動が発令され事態に対処した。
年譜
栄典
- レジオン・オブ・メリット・コマンダー - 1998年(平成10年)3月24日[2]
- 瑞宝重光章 - 2014年(平成26年)11月3日
脚注
- ^ 『官報』 号外第243号(平成26年11月4日)
- ^ 海上自衛新聞・1998年(平成10年)4月3日・第1面
出典
- 防衛年鑑1998(防衛年鑑刊行会)
- 『世界の艦船』第596号(2002年5月増刊号) 海上自衛隊の50年(海人社)
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海上警備隊総監 |
山崎小五郎:1952.4.26-1952.7.31
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保安庁第二幕僚長 | |
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海上幕僚長 |
- 山崎小五郎:1954.7.1-1954.8.2
- 長澤浩:1954.8.3-1958.8.14
- 庵原貢:1958.8.15-1961.8.14
- 中山定義:1961.8.15-1963.6.30
- 杉江一三:1963.7.1-1964.8.13
- 西村友晴:1964.8.14-1966.4.29
- 板谷隆一:1966.4.30-1969.6.30
- 内田一臣:1969.7.1-1972.3.15
- 石田捨雄:1972.3.16-1973.11.30
- 鮫島博一:1973.12.1-1976.3.15
- 中村悌次:1976.3.16-1977.8.31
- 大賀良平:1977.9.1-1980.2.14
- 矢田次夫:1980.2.15-1981.2.15
- 前田優:1981.2.16-1983.4.25
- 吉田學:1983.4.26-1985.7.31
- 長田博:1985.8.1-1987.7.6
- 東山収一郎:1987.7.7-1989.8.30
- 佐久間一:1989.8.31-1991.6.30
- 岡部文雄:1991.7.1-1993.6.30
- 林崎千明:1993.7.1-1994.12.14
- 福地建夫:1994.12.15-1996.3.24
- 夏川和也:1996.3.25-1997.10.12
- 山本安正:1997.10.13-1999.3.30
- 藤田幸生:1999.3.31-2001.3.26
- 石川亨:2001.3.27-2003.1.27
- 古庄幸一:2003.1.28-2005.1.11
- 齋藤隆:2005.1.12-2006.8.3
- 吉川榮治:2006.8.4-2008.3.23
- 赤星慶治:2008.3.24-2010.7.25
- 杉本正彦:2010.7.26-2012.7.25
- 河野克俊:2012.7.26-2014.10.13
- 武居智久:2014.10.14-2016.12.21
- 村川豊:2016.12.22-2019.3.31
- 山村浩:2019.4.1-2022.3.29
- 酒井良:2022.3.30-2024.7.18
- 齋藤聡:2024.7.19-
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