新穂村(にいぼむら)は、かつて新潟県佐渡郡におかれていた村。両津市への通勤率は11.4%(平成12年国勢調査)。日本のトキの最後の生息地で、佐渡トキ保護センターがあった。2004年3月1日に、佐渡全域での合併により佐渡市の一部になった。
概要
新潟県の佐渡島の金井町と同じ内陸部の村であり、水田単作農家が多い地帯である。[2]
地理
佐渡中部、国中平野の南東側にあった。村の北西半分が平野、南東半分は小佐渡丘陵にあり、丘陵からは国府川などが西へ流れた。村の北端は加茂湖に接していた。
- 山: 国見山(630m)
- 河川: 国府川、久知川、天神川、大野川
- 湖沼・ダム: 加茂湖、久知川ダム、新穂ダム、新穂第二ダム、大野川ダム
人口
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人口 | 世帯数 |
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1911年 | (明治44年) |
7,442 | 1,524 |
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1920年 | (大正9年) |
7,060 | 1,587 |
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1930年 | (昭和5年) |
6,785 | 1,500 |
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1940年 | (昭和15年) |
6,801 | 1,485 |
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1950年 | (昭和25年) |
7,861 | 1,584 |
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1960年 | (昭和35年) |
7,131 | 1,582 |
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1970年 | (昭和45年) |
5,882 | 1,552 |
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1980年 | (昭和55年) |
5,309 | 1,562 |
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1990年 | (平成2年) |
4,964 | 1,559 |
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2000年 | (平成7年) |
4,778 | 1,549 |
隣接していた自治体
歴史
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新穂村の歴史に関連するカテゴリがあります。
戦国時代末から江戸時代の初めにかけて新穂銀山(滝沢銀山)が賑わいを見せた[3]。
沿革
行政
歴代村長
- 約103年間の間に20人の村長が就任していた。[7]
代 |
村長名 |
備考
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初 - 2
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池野最平
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3
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河野勝蔵
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4 - 5
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鳥井嘉蔵
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6
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本間一松
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7
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河原作一
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8
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河野治一
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9
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臼杵伊之吉
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10
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河原作一
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再選
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11
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荷上與六
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12
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河原作一
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再々選
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13
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藍原小一郎
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14
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和田松五郎
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15
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佐藤徹次郎
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16
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藍原小一郎
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再選
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17
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堀口四良次
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18
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斉藤豊
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19
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後藤億衛
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20 - 22
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本間市郎左衛門
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23 - 24
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竹中錬英
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25
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河原治一
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26 - 27
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山本三郎
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28 - 30
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菊池一春
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31 - 32
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本間權市
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姉妹都市・提携都市
友好交流
経済
産業
農業が中心で、特に米作が盛んであった。ほかに柿、大豆が造られ、牛が飼育された。
加茂湖ではカキの養殖が行なわれた。
| 第1次産業 | 714人 |
| 第2次産業 | 532人 |
| 第3次産業 | 1,244人 |
教育
交通
道路
村内に国道は通っていない。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
参考文献
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。
- 新穂村企画商工課『新穂村閉村記念誌』新潟県佐渡郡新穂村、2004年2月。
脚注
関連項目
外部リンク