溝口村(みぞぐち[1][2]そん)は、鳥取県日野郡にあった村。現在の西伯郡伯耆町の一部にあたる。
地理
大山の西側すそ野の端を流れる日野川の中流域右岸に位置していた[2]。
歴史
地名の由来
昔川床が高く用水溝の口に位置したところからとの説あり[2]。
産業
- 農業、林業[2]
- 産物:米、麦、大豆、栗、薪、炭、蔬菜[2]
交通
鉄道
道路
教育
- 1873年(明治6年)谷川村に谷川小学校開校[3]。1877年(明治10年)溝口村に移転し溝口小学校に改称[2]。1882年(明治15年)荘村・大阪・大倉・金屋谷・添谷の各小学校と統合し分校とする[2]。1887年(明治20年)溝口尋常小学校に改称[2]。1901年(明治34年)溝口高等小学校が開校し、1912年(明治45年)各村の尋常小学校に高等科併設され廃校となる[2]。
脚注
- ^ a b c d 『市町村名変遷辞典』749頁。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』734-735頁。
- ^ 「谷川〈溝口町〉」『角川日本地名大辞典 31 鳥取県』479頁。
参考文献
関連項目