硫酸銀(I) (りゅうさんぎん いち、英 : silver(I) sulfate )は、化学式 が Ag2 SO4 と表される1価の銀 の硫酸塩 である。斜方晶 の無色結晶であり、面心立方格子構造 を取る[ 2] [ 3] 。光 や空気にさらされることにより黒ずむ[ 4] が、普通に取り扱う範囲では安定な物質である[ 5] 。水 にはわずか (0.796 g/100 ml) に溶ける[ 5] 。
製法
銀を酸化作用 のある熱濃硫酸 に溶解し、溶液を水で希釈すると結晶が沈殿する[ 6] 。
2
Ag
+
3
H
2
SO
4
⟶ ⟶ -->
2
AgHSO
4
+
SO
2
+
2
H
2
O
{\displaystyle {\ce {2Ag\ + 3H2SO4 -> 2AgHSO4\ + SO2\ + 2H2O}}}
2
AgHSO
4
⟶ ⟶ -->
Ag
2
SO
4
+
H
2
SO
4
{\displaystyle {\ce {2AgHSO4 -> Ag2SO4\ + H2SO4}}}
硝酸銀(I) 水溶液に、希硫酸または硫酸塩水溶液を加えると、細かい結晶が沈殿する[ 7] 。硫酸銀(I)は商業的にもこの方法で硝酸銀(I)を原料に製造されており、水性沈殿法と呼ばれる[ 8] 。
2
Ag
+
(
aq
)
+
SO
4
2
− − -->
(
aq
)
⟶ ⟶ -->
Ag
2
SO
4
{\displaystyle {\ce {2Ag^+(aq)\ + SO4^{2-}(aq) -> Ag2SO4}}}
また、硫化銀(I) を空気中、1085度以下で焼成することによっても得ることができる[ 9] 。
Ag
2
S
+
2
O
2
⟶ ⟶ -->
Ag
2
SO
4
{\displaystyle {\ce {Ag2S\ + 2 O2 -> Ag2SO4}}}
性質
無色の細かい結晶であり、純度の低いものは光により黒化しやすい。水に対する溶解度は小さいが温水への溶解度は高く、硫酸あるいは硝酸 では硫酸水素塩 を生じ、アンモニア水 にはアンミン錯体 を形成して溶解する。この硫酸水素銀は、加水分解 によって容易に硫酸銀に戻る[ 4] [ 10] 。
Ag
2
SO
4
+
H
+
↽ ↽ -->
− − -->
− − -->
⇀ ⇀ -->
2
Ag
+
+
HSO
4
− − -->
{\displaystyle {\ce {Ag2SO4 + H^+ <=> 2Ag^+ + HSO4^-}}}
Ag
2
SO
4
+
4
NH
3
⟶ ⟶ -->
2
[
Ag
(
NH
3
)
2
]
+
+
SO
4
2
− − -->
{\displaystyle {\ce {Ag2SO4 + 4 NH3 -> 2[Ag(NH3)2]^+ + SO4^{2-}}}}
水に対する溶解度積 は以下の通りである[ 11] 。
Ag
2
SO
4
↽ ↽ -->
− − -->
− − -->
⇀ ⇀ -->
2
Ag
+
(
aq
)
+
SO
4
2
− − -->
(
aq
)
,
{\displaystyle {\ce {Ag2SO4 <=> 2Ag^+(aq) + SO4^{2-}(aq) ,}}}
K
s
p
=
1.2
× × -->
10
− − -->
5
{\displaystyle K_{\rm {sp}}=1.2\times 10^{-5}}
用途
硫酸銀(I)は溶解度が中程度の銀供給源として合成試薬や触媒、写真、抗菌材料など様々な用途に用いられる[ 8] 。例えば、ポリスチレン をスルホン化 する際の反応触媒や[ 12] 、銀の抗菌性を利用した創傷被覆材 [ 13] [ 14] 、硫酸銀が光に晒されると黒変することを利用した白髪染め[ 15] などに用いられている。
銀精錬の古典的な手法として、粗銀中に不純物として含まれる金 や銅 から銀を分離抽出するために硫酸銀(I)の硫酸への溶解性が利用されていた。すなわち、金などの貴金属は硫酸と反応しないため濃硫酸には溶解せず、銅は硫酸と反応して硫酸銅(II) になるものの硫酸銅(II)の硫酸への溶解度が極めて低いため、銀のみが硫酸銀となって濃硫酸に溶解することで分離抽出される[ 16] 。
化学分析においては、化学的酸素要求量 (COD)を分析する際に妨害元素となる塩素 をマスキング するための銀 イオン源として用いられる。これは、硫酸銀(I)中の銀イオンが塩素と反応して不溶性の塩化銀(I) となることを利用したものである。また、塩素の除去に使用されずに残存した過剰の銀イオンは、COD成分の分解に対して触媒的な作用を示しCOD成分の酸化を促進することが知られている[ 17] [ 18] 。
銀メッキには通常、シアン化銀 が利用されるが、毒性の強いシアンを使わない銀メッキ浴として、硫酸銀を利用した銀メッキ法が研究されている。しかしながら、硫酸銀ではまだシアン化銀浴ほどの質の高いメッキ層を形成できていない[ 19] 。
毒性および規制
GHSシンボル
硫酸銀(I)に対する有害性はデータがほとんどないが、硫酸塩であることに起因して皮膚 や目 、気道 に対する刺激性があるのではないかと疑われている。また、硫酸銀(I)そのものに対する報告ではないものの、銀化合物に共通する有害性として、長期間の暴露によって銀皮症 が引き起こされることが報告されている。水生生物に対しては非常に強い毒性を示す[ 5] [ 20] 。
水生生物に対する毒性からGHS において水生環境有害性(急性および慢性)の区分1に分類されており、環境への放出を避けることが勧告されている[ 20] 。また、日本の法令では毒物及び劇物取締法 により無機銀塩類として劇物に指定されている[ 5] 。
出典
^ D.D. Wagman, W.H. Evans, V.B. Parker, R.H. Schumm, I. Halow, S.M. Bailey, K.L. Churney, R.I. Nuttal, K.L. Churney and R.I. Nuttal, The NBS tables of chemical thermodynamics properties, J. Phys. Chem. Ref. Data 11 Suppl. 2 (1982).
^ 千谷 (1959) 171頁。
^ Morris, Marlene C.; McMurdie, Howard F.; Evans, Eloise H.; Paretzkin, Boris; Groot, Johan H. de; Hubbard, Camden R.; Carmel, Simon J. (1976-06). “13”. Standard X-ray Diffraction Powder Patterns . 25 . Washington: Institute for Materials Research National Bureau of Standards
^ a b 化学大辞典編集委員会(編) 編『化学大辞典』 9巻(縮刷版第26版)、共立、1981年10月、701頁頁。
^ a b c d “安全データシート 硫酸銀 ”. 職場のあんぜんサイト . 厚生労働省. 2016年4月3日 閲覧。
^ 『化学大辞典』 共立出版、1993年
^ 日本化学会編 『新実験化学講座 無機化合物の合成II』 丸善、1977年
^ a b WO 2009126214
^ 中原勝儼 (1997). 無機化合物・錯体辞典 . 講談社. p. p. 1001. ISBN 4061533657
^ 千谷 (1959) 163頁。
^ 新良宏一、庄野利之 益田勲 共訳 『基礎分析化学』 三共出版、1982年
^ 石田信博、荻野一善、中川 鶴太郎 (1965). “ポリスチレンスルホン酸水溶液の粘度に対する添加塩の影響” . 日本化學雜誌 86 (1): p.1029-1030. doi :10.1246/nikkashi1948.86.1029 . https://doi.org/10.1246/nikkashi1948.86.1029 .
^ “平成27年度 研究成果発表会要旨集 ”. 市販の銀含有創傷被覆材の抗菌性と細胞毒性の in vitro 評価 (p. 108) . 独立行政法人東京都立産業技術研究センター. 2016年4月7日 閲覧。
^ “創傷被覆・保護材一覧 ”. 日本褥瘡学会. 2016年4月8日 閲覧。
^ “銀塩 ”. 日本ヘアカラー工業会. 2016年4月4日 閲覧。
^ 千谷 (1959) 160頁。
^ 堀田健太郎、熊谷哲 (2015). “化学的酸素要求量(CODMn )における銀の添加量の評価” . 環境技術 44 (8): p. 468. doi :10.5956/jriet.44.468 . https://doi.org/10.5956/jriet.44.468 .
^ 日本工業規格 JIS K 0102 工業排水試験方法
^ 稽永康、沖猛雄、高光沢非シアン化銀めっきに及ぼす添加剤の影響 表面技術 1994年 45巻 4号 p. 416-421, doi :10.4139/sfj.45.416
^ a b “GHS Classification Result: disilver(1+) sulphate ”. 独立行政法人製品評価技術基盤機構. 2016年4月7日 閲覧。
参考文献
千谷利三『新版 無機化学(上巻)』産業図書、1959年。