1931年に採用されて大量生産されたT-27は、ソ連機甲部隊の創設期において重要な地位を占め、30年代前半には中央アジアで反共勢力との戦いに用いられたが、やがてその役割はより大型な新型戦車にとって代わられていった。最大10 mm しかない装甲や射界の限定された武装の貧弱さはもちろんのこと、小型すぎて雪中や泥濘地で車体底面が接地して行動不能になるなど、機動性でも劣っていたためである。また、オチキス 37 mm 戦車砲や76.2 mm 歩兵砲や無反動砲、ロケット弾を搭載した自走砲型も試作されたが、採用されたものはない。