YM2413 (FM Operator Type-LL、OPLL)は1986年6月に発表され、1986年7月からサンプル出荷が開始された、日本楽器製造(後のヤマハ)が開発した2オペレーターのFM音源LSIである[1][2][3][4]。
文字放送受信機・キャプテン端末での用途を目的に開発された[1][2][3][5]。発売当時のサンプル出荷価格は、1個3000円[1][2][5]。
概要
日本の文字多重放送および、日本のビデオテックス「キャプテン」のハイブリッド方式[注 1]による規格(JTES、CAPTAIN PLPS)には符号化された楽譜データを再生する機能が盛り込まれており、共通する音符符号化方式[注 2]を採用していた[10][11][12][注 3]。YM2413には、文字放送とキャプテンで使われる音色を全て含んだ、15種類のメロディ楽器と5種類のリズム楽器の音色が、LSI内の音色ROMと音色回路に搭載されている[1][2][5][16]。
また、YM2413はLSI内にビブラート発振器と振幅変調発振器を内蔵することで発音制御の簡略化が図られている[1][2][5]。また、9ビットD/Aコンバーター・水晶発振回路を内蔵することで音楽システムを少ないコストで実現できるように設計されていた[1][2][16][注 4]。
日本楽器製造は文字放送・キャプテン向けの2オペレーターFM音源LSI「YM3526(OPL)」を1984年10月に発表、1985年春から外販を開始しており[19][20]、YM2413はそのコスト削減版にあたるものである[21]。また、YM2413は、YM3526と後方互換性を持つFM音源LSI「YM3812(OPL2)」と同様に各オペレータの波形をサイン波以外から選択できる機能を有している[16][21][18][注 5]。
YM2413は、本来の目的であるキャプテン端末・文字放送受信機のほかにも、1987年に発売された家庭用ゲーム機「セガ・マークIII」用の周辺機器「FMサウンドユニット」とその一体型機種である日本版の「セガ・マスターシステム」[21][22][23]、1988年に発表されたMSX規格、MSX2+のFM音源規格「MSX-MUSIC」[24][25]とその周辺機器「FM Pana Amusement Cartridge(FM-PAC)」[21][26]、パチスロ機『ニューパルサー』[27]に採用・搭載されるなど、その低コストかつ組み込みが容易な性質から様々な目的において使用された[21]。
機能
YM2413の発音モードは2種類が搭載されている。メロディ音9音を同時発音できるモードと、メロディ音6音とリズム音5音(バスドラム・スネアドラム・タムタム・トップシンバル・ハイハットシンバル)を同時発音できるモードである[5][16]。この発音モードはYM3526とYM3812と共通する機能であり[21]、メロディ6音・リズム5音同時発音モードは文字放送とキャプテンに対応した発音モードである[18][19][注 9]。
YM2413は、2オペレーターのFM音源とホワイトノイズ生成器・数種の周波数を合成するノイズ発振器を搭載している。メロディ音はFM音源部を用いて音が生成され、リズム音は各リズム楽器によってFM音源部、あるいはホワイトノイズとノイズ発振器の波形を合成して生成される[16]。
FM音源のアルゴリズムは、各オペレータを搬送波・変調波として用いるFM変調モード(直列接続)のみが搭載されている[16][34]。
YM2413に搭載されたメロディ音15種類・リズム音5種類の内蔵音色の他に、効果音や独自の音色を発音する目的でオリジナル音色レジスタが1音色分用意されており、FM音源部を利用した独自のメロディ楽器の定義が可能である[5][16][34]。
オリジナル音色の定義においては搬送波・変調波それぞれに対して、波形選択(サイン波・半波整流)、周波数倍率の変更、エンベロープの変更、持続音モード・減衰音モードの切り替え、音程によってエンベロープ速度を変化させるキースケールレートの変更、音程によって音の大きさを変化させるキースケールレベルの変更、ビブラート・振幅変調のON/OFFが可能である[16][21]。また、変調波については、トータルレベルの変更およびフィードバックレベルの変更が可能である[16][21]。
YM2413のエンベロープジェネレータは、アタックレート・ディケイレート・リリースレートとサスティンレベル、トータルレベル等の要素によって音色の変化を制御する[16]。また、YM2413のエンベロープジェネレーターにはDP機能があり、キーオン直後の音の立ち上がり時間の前に作動する[16]。音色のエンベロープ定義では音の立ち上がり時間を示すアタックレート、アタックモード終了後の減衰時間を示すディケイレート、ディケイからの変化点を示すサスティンレベル、リリースレートの4つの値を設定できる。また、持続音モードと減衰音モードによって設定されたリリースレートの用途が変化する[16][34][注 10]。
メロディ音で使用する音色は各チャンネルごとにROMに搭載された15種類のメロディ楽器と1種類のオリジナル音色、合計16種類の音色の中から選択できる[16][35]。各リズム楽器の音色はROMに搭載された音色データで固定され、変更できない[16][21]。また、YM2413には選択された音色のキーオフ後の減衰時間を一定値に変更するサスティン機能が搭載されており、各チャンネルごとにON/OFFできる[16]。
メロディ音の音程は各チャンネルごとに設定できる。音程を決める周波数情報(F-Number)は9ビット(512段階)の解像度を持ち、8段階設定できるオクターブ情報(Block)と音色に設定された周波数倍率(Multiple)と組み合わされて、発音される周波数が決定される[16]。リズム音はFM音源を使って生成されるバスドラムはメロディ音と同様の手法で音程を設定する。それ以外のリズム楽器はホワイトノイズ生成器と8チャンネルと9チャンネルの周波数情報を利用するノイズ発振器を利用して、それぞれのリズム楽器に適した音が生成される[16][注 11]。メロディ音の各チャンネルと各リズム楽器の音量設定は16段階(分解能は3dB、0dBから-45dBの範囲)設定できる[16]。
YM2413はクロック周波数が2MHzから4MHzの範囲内で動作するが、エンベロープジェネレータの速度と振幅変調発振器・ビブラート発振器は3.6MHz(3.579545MHz)を基準に設計されている[16]。駆動電圧は+5V[16]。
内蔵音色一覧
YM2413の内蔵音色は、文字放送の付加音機能の基本機能とキャプテンのメロディ機能[注 9]で使用される音色(メロディ音9音色、リズム音5音色[注 12])を全て含んでいる[5][16]。
音色名は『YM2413 FM OPERATOR TYPE-LL(OPLL) アプリケーションマニュアル』(日本語版/英語版)[16][37]に従い、文字放送とキャプテンに対応した音色はで示した[5]。
メロディ楽器
リズム楽器
採用例
型番
- YM2413 - 18ピン プラスチックDIP[16]
- YM2413-F - 24ピン プラスチックSOP[16]
- YM2413B - 18ピン プラスチックDIP[55]
- YM2413B-F - 24ピン プラスチックSOP[55]
- YM2413B-FZ
- YM2413B-FZE2
亜種
- YM2420(OPLL2) - 1987年に発売されたヤマハ製ショルダーキーボード「SHS-10」[56][57]、1988年に発売されたヤマハ製キーボード「PortaSound PSS-140」[58][59]などに使用[21]。YM2413と機能面は基本的に同じだが、レジスタ配置が異なっている[21]。
- YVM156B(ADT) - 文字放送用のデコードLSIで、音源部にYM2413相当のFM音源を内蔵している[60][61]。
- MS1823(2423B-X) - YM2413の内蔵音色を差し替えたLSI[21]。Atari ST用FM音源カートリッジ「FM Melody Maker」[21]や、フィリップス製ポータブルシーケンサー「PMC100」[62]で採用された。
- YMF281(OPLLP) - YM2413の内蔵音色を差し替えたLSIで、パチンコ機・パチスロ機に適したメロディ楽器が内蔵音色に搭載されている[21][63]。主にパチスロ(4号機)で多く使用された。パイオニア製『オアシス』、サミー製『ジャパン』などで採用。[要出典]
- VRC VII(VRC7) - ゲームソフト『ラグランジュポイント』に搭載されたコナミのファミリーコンピュータ用拡張LSIで、YM2413と類似したFM音源が内蔵されている。内蔵音色が差し替えられており、メロディ音の発音数が6音のみでリズム音源が削減されているなど、機能も一部異なる[21][64][65]。
- U3567/UM3567 - YM2413の互換LSI。台湾のUMC(United Microelectronics Corporation)がマザーボードメーカー向けに限定販売している製品。互換と言っても電気特性、信号タイミング、内蔵音色がオリジナルと違っており、単純に置き換えることはできない。[要出典]
- この他、YM2413のデッドコピー品・偽造品も市場に出回っている[66][信頼性要検証]。
参考文献
- 『YM2413 FM Operator Type-LL (OPLL) Application Manual』 ヤマハ
- 『YM2413B OPLL FM OPERATOR TYPE-LL』(データシート) ヤマハ
- 『YM3812 FM Operator Type-LL (OPLL) Application Manual』 ヤマハ
- 『Y8950 APPLICATION MANUAL (MSX-AUDIO)』ヤマハ
脚注
注釈
- ^ 文字情報を符号化して送信されたものを受信機側で解釈して表示する「コード方式」と、文字や図形を細かいパターンに分解して送信する「パターン方式」の両方の性質を併せ持つ情報の伝送方式のこと[6][7]。符号に含まれている文字情報は送信速度の速いコード方式で送信し、符号に含まれていない文字情報はパターン方式で送信するのが特徴[7]。
- ^ 日本テレビ・京王技研工業・沖電気工業・電電公社が開発した音符符号化方式「MUSCOT(MUSic note COding and Transmisson technology)」[8][9][10][11]。
- ^ 実験段階のキャプテンでは伝送方式にパターン方式を採用しており[6]、文字放送もハイブリッド方式による本放送を前に1983年10月からNHKがパターン方式による文字多重放送を実施していた[13]。音符符号化方式による音楽再生機能は、それぞれ伝送方式にハイブリッド方式を採用する規格から盛り込まれたものである[14][15]。
- ^ YM2413と同様の目的で開発されたFM音源LSI、YM3526およびYM3812の場合はアナログ出力に専用のD/AコンバーターLSI、YM3014を別途必要としていた[17][18]。
- ^ 選択できる波形の数はYM2413は2種類[16][21]、YM3812は4種類[21][18]。
- ^ 分解能は3dB、0dBから-21dBの範囲[12]。
- ^ 分解能は3dB、0dBから-45dBの範囲、加えて音強修飾符号を用いて1db単位で調節できる[12]。
- ^ a b キャプテンのメロディ機能は、ランク1から5に分類される利用者端末種別の機能とは別にオプション機能として定められていた[12][32][38]。そのため、メロディ機能の利用にキャプテン端末とは別売のメロディ機能用のデコーダーを必要とする場合も多く、1987年時点においてはメロディ機能が利用可能な端末はごく僅かだったとされる[12][39]。
- ^ a b ハイブリッド方式による文字放送の付加音機能には基本機能と追加機能が存在し、基本機能はメロディ音9音色・6音同時出力、リズム音5音色・5音同時出力、音の強さの指定が8段階[注 6]、追加機能はメロディ音32音色・16音同時出力、リズム音16音色・8音同時出力、音の強さの指定が16段階[注 7]と定義されていた[12][28][29][30]。また、キャプテンのメロディ機能[注 8]は文字放送の付加音機能の基本機能と同一で、拡張機能にあたる規定はなかった[10][12]。また、1987年にサービスが開始されたデジタル回線を利用するキャプテンの上位規格「ハイキャプテン」[31]にはADPCM方式による音声出力機能が搭載されたが、メロディ機能については従来のキャプテンと同一仕様であった[32][33]。
- ^ 持続音モードの場合はディケイモードの減衰後にサスティンレベルに達した後はキーオン中は音が減衰されず、リリースレートはキーオフ後の音の減衰時間を示す。減衰音モードの場合はリリースレートはディケイモードからサスティンレベルに達した後の音の減衰時間を示し、キーオフ後の音の減衰時間は一定となる[16][34]。
- ^ タムタムはサイン波、スネアドラムは矩形波とホワイトノイズの合成、ハイハットシンバルはホワイトノイズとノイズ発振器、トップシンバルはノイズ発振器を利用して音が生成される[16][21]。
- ^ 文字放送・キャプテンで使用された音符符号化方式における音色指定については、シンセサイザーの音色パラメータを指定して伝送する方法も検討されたが、ハードウェアごとの互換性の問題や今後の拡張性も考慮され、楽器名を指定してデコーダー側で解釈する仕組みとなっている[36]。規格の策定にあたっては、弦楽器・管楽器・リード楽器・打弦楽器の中から9種類のメロディ楽器が、および5種類のリズム楽器が、最も多く使われている代表的な楽器として選定された[36]。
- ^ アナログ電話回線を利用したキャプテンの商用サービス開始は1984年11月30日であり、YM2413の発売よりも前である[9][38][40]。
- ^ 付加音機能を含むハイブリッド方式の文字多重放送の本放送開始は1985年11月29日であり、YM2413の発売よりも前である[42][43]。また、1986年7月のYM2413発売以降においても文字放送とキャプテンに対応した音源が開発されており、1988年にはヤマハ・富士通ゼネラル・NHK放送技術研究所が文字放送受信機内蔵テレビや文字放送・キャプテン併用端末に搭載する目的で、文字放送用の2種類のLSI、文字放送信号取り込み用の「DRT(YM6030)」と画面表示および付加音処理用の「IDT(YM6404)」を共同開発していた[44][45][46]。IDT側にはFM音源とDPCM音源が内蔵されている[44][46]。
- ^ メロディ機能がオプション扱いであったキャプテンとは異なり、文字放送においては付加音機能は標準機能であった[12]。
- ^ 日本版「セガ・マスターシステム」の筐体の元となった、「セガマーク3」の海外版「SEGA Master System/Power Base」(1986年発売)にはFMサウンドユニットにあたる機能は内蔵されていない[21][48]。
- ^ MSX2+においてはオプション機能扱い[24][25]。MSX2+の後継規格「MSXturboR」で標準機能となった[49]。
- ^ FM-PACの発売自体はMSX2+規格の発表より前である[24][25]。また、FM-PACはMSX1、MSX2にも対応している[50]。
出典
関連項目