渡邉 修介(渡辺 修介、わたなべ しゅうすけ)は、日本の外交官。
人物・経歴
北海道小樽市出身[1]。1973年(昭和48年)大阪外国語大学外国語学部を卒業し、外務省に入省した。外務省在サハリン出張駐在官事務所長、在モルドヴァ日本国大使館参事官、外務省欧州局ロシア課企画官、同ロシア交流室長、2008年(平成20年)5月、ユジノサハリンスク総領事を経て、2010年(平成22年)9月10日から、アゼルバイジャン駐箚特命全権大使[2]。
2013年(平成25年)11月29日依免官。退官後、2014年(平成26年)1月1日から、北方領土問題対策協会理事(非常勤)[3]。
2024年、瑞宝中綬章受章[4]。
同期
脚注
- ^ 「アゼルバイジャン大使に渡辺氏起用*小樽出身」2010年9月10日、北海道新聞夕刊全道 3頁
- ^ (日本語) “イラン大使に駒野氏起用 渡辺 修介氏(わたなべ・しゅうすけ=アゼルバイジャン大使)”. 日本経済新聞 (2010年9月10日). 2014年3月29日閲覧。
- ^ (日本語) “北方領土問題対策協会役員名簿”. 北方領土問題対策協会 (2014年1月1日). 2014年3月29日閲覧。
- ^ 『官報』号外259号、令和6年11月5日
外部リンク
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全権大使(モスクワ駐在) |
- 在ロシア大使が兼轄
- 枝村純郎1992-1994
- 渡辺幸治1994-1996
- 都甲岳洋1996-1999
- 丹波實1999-2000(在ロシア大使としては引き続き2002年まで駐箚)
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全権大使(バクー駐在) | |
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カテゴリ |
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豊原町長 |
- ポーツマス条約により日本が南樺太を領有1905
- N/A
- 水野綱吉
- N/A
- 高橋弥太郎1931-1937
- 市制施行1937
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豊原市長 |
- 高橋弥太郎1937-1942
- 大島忠康1942-1945
- 日ソ断交および赤軍の樺太進駐1945
- 日本が樺太全域の領有権を放棄1952
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サハリン出張駐在官事務所長 |
- 日ソ共同宣言により国交回復1956
- 出張駐在官事務所開設1997
- 渡邉修介
- 総領事館に昇格2001
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ユジノサハリンスク総領事 | |
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