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相楽郡

京都府相楽郡の位置(1.笠置町 2.和束町 3.精華町 4.南山城村)

相楽郡(そうらくぐん、さがらかのこおり)は、京都府山城国)の

人口41,552人、面積178.24km²、人口密度233人/km²。(2024年10月1日、推計人口

以下の3町1村を含む。

郡域

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記3町1村のほか、以下の区域にあたる。

歴史

古代

もとは「さがらかのこおり」と読んだ。相楽郡には、山城国の国分寺があった。また、奈良時代に恭仁京が造営され、短期間ながら都とされている。

和名類聚抄』に記される郡内の。括弧内は訓読み

  • 相楽郷(佐加良加)
  • 水泉郷(以豆美)
  • 賀茂郷
  • 大狛郷
  • 蟹幡郷(加無波多)
  • 祝園郷(波布曽乃)
  • 下狛郷(之毛都古末)

式内社

延喜式神名帳に記される郡内の式内社

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
相楽郡 6座(大4座・小2座)
祝園神社 ハフソノノ 月次新嘗 祝園神社 京都府相楽郡精華町祝園 [1]
和伎坐天乃夫支売神社 ワキノニ- 月次新嘗 和伎坐天乃夫支賣神社 京都府木津川市山城町平尾 [2]
綺原坐健伊那大比売神社 カムハラノ- 綺原坐健伊那大比賣神社 京都府木津川市山城町綺田山際
相楽神社 サカラカノ
サカラノ
相楽神社 京都府木津川市相楽
岡田鴨神社 ヲカタノカモノ 月次新嘗 岡田鴨神社 京都府木津川市加茂町北 [3]
岡田国神社 ヲカタノクノ 月次新嘗 (論)春日神社 京都府木津川市加茂町大野 勝手神社摂社 [4]
(論)岡田国神社 京都府木津川市木津大谷
凡例を表示

近世以降の沿革

幕末の知行
知行 村数 村名
天領 皇室領 22村 綺田村、上津村、南川村、西村、河原村、岡崎村、井平尾村、石寺村、白栖村、別所村、園村、原山村、湯船村、門前村、釜塚村、南村(現・和束町)、木屋村、撰原村、下島村、田村新田、杣田村、中村
例幣使 5村 東村、登大路村、仏生寺村、口畑村、奥畑村
幕府領[1] 1村 枝村、木津郷新田[2]、木津郷流作[2]
京都守護職役知 3村 北河原村、梅谷村、石垣村
旗本領 3村 ●下狛村、●北稲八間村、東畑村
皇室領・門跡領・幕府領・旗本領 1村 相楽村
皇室領・公家領・女官領・京都守護職役知 1村 林村
皇室領・公家領 2村 菅井村、●小寺村
皇室領・公家領・幕府領 1村 千童子村
皇室領・公家領・幕府領・京都守護職役知 1村 鹿背山村
皇室領・公家領・幕府領・旗本領 1村 ●吐師村
皇室領・幕府領 1村 大路村
皇室領・幕府領・京都守護職役知・旗本領 1村 ●乾谷村
皇室領・幕府領・旗本領 1村 ●菱田村
皇室領・京都守護職役知 1村 椿井村
皇室領・旗本領 5村 神童子村、市坂村、植田村、山田村、●柘榴村
皇室領・能楽囃子方大倉氏知行 1村 平尾村
藩領 伊勢津藩 15村 上狛村、法華寺野村、大野村、観音寺村、高田村、北村、里村、兎並村、銭司村、切山村、北笠置村、南笠置村、上有市村、下有市村、南村(現・木津川市)[3]
伊勢久居藩 14村 岩船村、西小村、北大門村、南大門村、東小下村、東小上村、北下手村、南下手村、高去村、勝風村、森村、大畑村、尻枝村、辻村
大和柳生藩 9村 石垣村、法花平尾村、高尾村、田山村、童仙房村、野殿村、飛鳥路村、南大河原村、北大河原村
山城淀藩 1村 南稲八妻村
大和小泉藩 1村 大平尾村[4]
天領・藩領 旗本領・武蔵岩槻藩大学頭知行 1村 祝園村
  • 慶応4年
  • 明治3年
  • 明治4年
  • 明治4年11月22日1872年1月2日) - 第1次府県統合により、全域が京都府の管轄となる。
  • 明治初年 - 大平尾村が平尾村に合併。(91村)
  • 明治5年(1872年) - 石垣村が綴喜郡井手村に合併。(90村)
  • 明治8年(1875年) - 枝村・大路村・千童子村・上津村・南川村・小寺村が合併して木津村となる。(85村)
  • 明治9年(1876年)(78村)
    • 北笠置村・南笠置村が合併して笠置村となる。
    • 上有市村・下有市村が合併して有市村となる。
    • 東村・登大路村・仏生寺村・口畑村が合併して例幣村となる。
    • 法花平尾村が高尾村に、林村が上狛村に合併。
  • 明治12年(1879年4月10日 - 郡区町村編制法の京都府での施行により、行政区画としての相楽郡が発足。郡役所が木津村正覚寺内に設置。
  • 明治14年(1881年) - 木津村の一部(旧・木津宿23町)が分立して木津町となる。(1町77村)
  • 明治15年(1882年) - 南村(現・木津川市)が改称して美浪村となる。
  • 明治16年(1883年)8月13日 - 木津郡役所が木津村字殿城の新庁舎に移転する。

町村制以降の沿革

1.棚倉村 2.高麗村 3.上狛村 4.狛田村 5.稲田村 6.祝園村 7.山田荘村 8.相楽村 9.木津村 10.当尾村 11.加茂村 12.瓶原村 13.西和束村 14.中和束村 15.東和束村 16.湯船村 17.笠置村 18.大河原村 19.高山村(紫:木津川市 青:笠置町 桃:精華町 赤:和束町 橙:南山城村)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の各村が発足。特記以外は現・木津川市。(19村)
    • 棚倉村 ← 綺田村、平尾村
    • 高麗村 ← 椿井村、北河原村、神童寺村
    • 上狛村(単独村制)
    • 狛田村 ← 下狛村、菱田村(現・精華町)
    • 稲田村 ← 北稲八間村、南稲八妻村、植田村(現・精華町)
    • 祝園村 ← 祝園村、菅井村(現・精華町)
    • 山田荘村 ← 山田村、乾谷村、柘榴村、東畑村(現・精華町)
    • 相楽村 ← 吐師村、相楽村
    • 木津村 ← 木津町、木津村、梅谷村、市坂村、鹿背山村
    • 加茂村 ← 里村、高田村、大野村、観音寺村、法華寺野村、北村、兎並村、美浪村、銭司村
    • 当尾村 ← 辻村、尻枝村、南下手村、北下手村、森村、高去村、勝風村、大畑村、岩船村、西小村、東小上村、東小下村、北大門村、南大門村
    • 瓶原村 ← 例幣村、西村、河原村、岡崎村、井平尾村、奥畑村
    • 西和束村 ← 石寺村、白栖村、撰原村、下島村(現・和束町)
    • 中和束村 ← 釜塚村、別所村、南村、杣田村、木屋村(現・和束町)
    • 東和束村 ← 原山村、門前村、園村、中村(現・和束町)
    • 湯船村(単独村制。現・和束町)
    • 笠置村 ← 笠置村、切山村、有市村、飛鳥路村(現・笠置町)
    • 大河原村 ← 南大河原村、北大河原村、野殿村、童仙房村(現・南山城村)
    • 高山村 ← 田山村、高尾村(現・南山城村)
    • 田村新田が綴喜郡井手村の一部となる。
  • 明治26年(1893年11月25日 - 木津村が町制施行して木津町となる。(1町18村)
  • 明治32年(1899年7月1日 - 郡制を施行。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年)7月1日
    • 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
    • 上狛村が町制施行して上狛町となる。(2町17村)
  • 昭和3年(1928年2月11日 - 加茂村が町制施行して加茂町となる。(3町16村)
  • 昭和6年(1931年10月1日 - 狛田村・祝園村・稲田村が合併して川西村が発足。(3町14村)
  • 昭和9年(1934年1月1日 - 笠置村が町制施行して笠置町となる。(4町13村)
  • 昭和17年(1942年)7月1日 - 木津町に相楽郡を管轄する相楽地方事務所を設置。
  • 昭和26年(1951年)4月1日(4町9村)
    • 相楽村が木津町に編入。
    • 川西村・山田荘村が合併して精華村が発足。
    • 当尾村・瓶原村が加茂町に編入。
  • 昭和29年(1954年12月15日 - 西和束村・中和束村・東和束村が合併して和束町が発足。(5町6村)
  • 昭和30年(1955年)4月1日(6町4村)
    • 大河原村・高山村が合併して南山城村が発足。
    • 精華村が町制施行して精華町となる。
  • 昭和31年(1956年
    • 8月1日 - 上狛町・高麗村・棚倉村が合併して山城町が発足。(6町2村)
    • 9月30日 - 湯船村が和束町に編入。(6町1村)
  • 平成19年(2007年3月12日 - 山城町・木津町・加茂町が合併して木津川市が発足し、郡より離脱。(3町1村)

変遷表

自治体の変遷
明治22年4月1日 明治22年 - 大正15年 昭和1年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和64年 平成1年 - 現在 現在
木津村 明治26年11月22日
町制
木津町 木津町 木津町 平成19年3月12日
木津川市
木津川市
相楽村 相楽村 相楽村 昭和26年4月1日
木津町に編入
上狛村 大正15年7月1日
町制
上狛町 上狛町 昭和31年8月1日
山城町
高麗村 高麗村 高麗村 高麗村
棚倉村 棚倉村 棚倉村 棚倉村
加茂村 加茂村 昭和3年2月11日
町制
加茂町 加茂町
当尾村 当尾村 当尾村 昭和26年4月1日
加茂町に編入
瓶原村 瓶原村 瓶原村
笠置村 笠置村 昭和9年1月1日
町制
笠置町 笠置町 笠置町 笠置町
西和束村 西和束村 西和束村 昭和29年12月15日
和束町
和束町 和束町 和束町
中和束村 中和束村 中和束村
東和束村 東和束村 東和束村
湯船村 湯船村 湯船村 湯船村 昭和31年9月30日
和束町に編入
狛田村 狛田村 昭和6年10月1日
川西村
昭和26年4月1日
精華村
昭和30年4月1日
町制
精華町 精華町
祝園村 祝園村
稲田村 稲田村
山田荘村 山田荘村 山田荘村
大河原村 大河原村 大河原村 大河原村 昭和30年4月1日
南山城村
南山城村 南山城村
高山村 高山村 高山村 高山村

行政

歴代郡長[5][6]
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 森嶋清右衛門 明治12年(1879年)3月14日 明治13年(1880年)9月2日 元相楽郡大庄屋(祝園村在住)
2 親康忠紀 明治13年(1880年)9月2日 明治15年(1882年)10月12日 京都府庶務課御用掛へ転任[7]
3 松本金兵衛 明治15年(1882年)10月12日 明治19年(1886年)10月8日 相楽郡書記兼綴喜郡書記へ転任
4 西川義延 明治19年(1886年)10月8日[8] 明治22年(1889年)5月27日 これより奏任官となる

綴喜郡長を兼任。

病気のため依願免本官竝兼官[9]

5 喜多川孝経 明治22年(1889年)6月10日[10] 明治25年(1892年)4月5日 綴喜郡長を兼任のち免本官専任綴喜郡長[11]
6 松野新九郎 明治25年(1892年)4月5日 明治29年(1896年)11月30日 依願免本官[12]
7 北川良愼 明治29年(1896年)11月30日[13] 明治30年(1897年)7月15日 滋賀県滋賀郡長へ転任[14]
8 田邊信成 明治30年(1897年)8月2日[15] 明治32年(1899年)4月21日 紀伊郡長へ転任[16]
9 後藤善二 明治32年(1899年)4月21日 明治43年(1910年)2月21日 船井郡長へ転任[17]
10 根本吉太郎 明治43年(1910年)2月21日 大正6年(1917年)1月17日 与謝郡長へ転任[18]
11 折田有彦 大正6年(1917年)1月17日 大正6年(1917年)12月25日 宮内事務官へ転任[19]
12 菊山嘉男 大正7年(1918年)1月12日[20] 大正7年(1918年)12月6日 船井郡長へ転任[21]
13 佐伯嘉直 大正7年(1918年)12月6日 大正7年(1918年)12月15日 在任中に死去[22]
14 清水良策 大正8年(1919年)1月17日[23] 大正10年(1921年)5月5日 京都府理事官へ転任[24]
15 中大路顯孝 大正10年(1921年)5月5日 大正12年(1923年)2月24日 中郡長へ転任[25]
16 岡本正一 大正12年(1923年)2月24日 大正15年(1926年6月30日 郡役所廃止により、廃官

地方事務官京都府学務部社寺課長へ転任

脚注

  1. ^ 右記のほか今井新田が記載されているが詳細不明。
  2. ^ a b 木津郷9村(上津村・南川村・枝村・梅谷村・小寺村・千童子村・鹿背山村・大路村・市坂村)の惣郷持ち。本項では村数に数えない。
  3. ^ 記載なし。
  4. ^ 記載では管轄が小泉県ではなく京都府となっているが、平尾村と一体に扱われることがあったため混同されたとみられる。
  5. ^ 京都府相楽郡誌 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年11月4日閲覧。
  6. ^ 木津町史 本文篇』木津町、1991年。doi:10.11501/9576647https://doi.org/10.11501/95766472022年5月20日閲覧 
  7. ^ 『京都府百年の年表1.政治・行政編』京都府立総合資料館、1971年。 
  8. ^ 職務進退・勅奏任 進退録坤乙”. 国立公文書館. 2021年11月23日閲覧。
  9. ^ 京都府相楽郡長兼綴喜郡長西川義延依願免官ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  10. ^ 喜多川孝経京都府相楽郡長兼綴喜郡長ニ被任ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月4日閲覧。
  11. ^ 官報 1892年04月06日』日本マイクロ写真、1892年4月6日。doi:10.11501/2945893https://doi.org/10.11501/29458932021年12月8日閲覧 
  12. ^ 京都府相楽郡長松野新九郎依願本官被免ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  13. ^ 福井県技師相澤時正外五名任官ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  14. ^ 京都府相楽郡長北川良慎以下七名任官ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月4日閲覧。
  15. ^ 長野県上伊那郡長田邉信成外五名任官ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  16. ^ 高等商業学校教授兼東京外国語学校教授男爵神田乃武以下十名任官ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  17. ^ 広島県佐伯郡長島田尚一外八名広島県京都府郡長警視任免ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月5日閲覧。
  18. ^ 判事後藤多喜蔵外二十八名任免ノ件”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  19. ^ 官報 1917年12月26日』日本マイクロ写真、1917年12月26日。doi:10.11501/2953734https://doi.org/10.11501/29537342021年12月8日閲覧 
  20. ^ 京都府愛宕郡長菊山嘉男外五名任免ノ件○台湾総督府視学官野口敏治任官、休職福井県農業技師鶴巻恒太依願免本職”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  21. ^ 京都府相楽郡長菊山嘉男外七名任免ノ件○福島県工業技師高木清治郎外一名依願免本官並本職、逓信技師兼逓信局技師湊一麿任免、休職朝鮮総督府黄海道長官趙義聞依願免本官”. 国立公文書館. 2021年11月8日閲覧。
  22. ^ 官報 1918年12月20日』日本マイクロ写真、1918年12月20日。doi:10.11501/2954029https://doi.org/10.11501/29540292021年12月8日閲覧 
  23. ^ 官報 1919年01月18日』日本マイクロ写真、1919年1月18日。doi:10.11501/2954050https://doi.org/10.11501/29540502021年12月8日閲覧 
  24. ^ 官報 1921年05月06日』日本マイクロ写真、1921年5月6日。doi:10.11501/2954742https://doi.org/10.11501/29547422022年5月20日閲覧 
  25. ^ 官報 1923年02月26日』日本マイクロ写真、1923年2月26日。doi:10.11501/2955292https://doi.org/10.11501/29552922021年12月8日閲覧 

参考文献

Kembali kehalaman sebelumnya