TK state
「TK state」(ティーケーステート)とは1992年から2000年まで運営されていた小室哲哉の個人事務所である。正式名称は「…
「TK state」(ティーケーステート)とは1992年から2000年まで運営されていた小室哲哉の個人事務所である。正式名称は「TETSUYA KOMURO state」である。小室の実父が代表取締役を務め、小室も取締役に名を連ねていた[1]。専務取締役として、TM NETWORKデビュー時からの付き合いであり、ヤマハの渋谷の営業部に配属していた道免友彦の名もある[2][3]。
所在地は「東京都港区北青山2-12-28」青山ビル2Fにて、アンティノスマネージメントによって運営されていた[4]。
来歴
1992年に前進となる「OPERA GIG」が設立され[5]、1994年に「TK state」に改名[6]。
この節の加筆が望まれています。 |
系列事務所
TK MUSEUM
| MUSEUM | |
|---|---|
| 出身地 |
|
| ジャンル |
テクノ レイヴ ラップ ドラムンベース |
| 活動期間 | 1998年 |
| レーベル | ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ |
| 事務所 | TK state |
| 共同作業者 | 原田大三郎(VJ) |
| メンバー |
小室哲哉 (シンセサイザー) マーク・パンサー (ボーカル ) OLIVIA (ボーカル) DJ DRAGON (DJ) |
- 中日邦交正常化25周年記念ライブツアー「TK Presents GROOVE MUSEUM」では音楽ユニット「MUSEUM」としての側面もあった[7]。最初は小室、マーク・パンサー、OLIVIA、DJ DRAGONの4人からなる構成[8]であり、その後原田大三郎を加えその5人を固定メンバーとして、中国・香港の現地歌手との流動的なコラボレーションを中心にした世界展開プロジェクトを行う音楽ユニットを「MUSEUM project」名義で継続・兼任する企画もあった(この企画は諸事情で中止になるが、後にGABALL、TKCOMで結実する)。
- MUSEUMの作品は、1998年に発売された小室のボックスセット『TK1998』のディスク1「LATEST WORKS」に収録されている。
この節の加筆が望まれています。 |
TK state America MUSEUM
- アメリカ・ハリウッドを活動・制作拠点にしていた。
- オン・ザ・エッヂ(現ライブドア)、バーニングプロダクションと業務提携を行っていた。
- 小室の当時の公式サイト「TK Gateway」・「planet TK」・「komuro org」、安室奈美恵の当時の公式サイト「AM-GLAM」、globeの当時の公式サイト「on the globe」、華原朋美の当時の公式サイト「area kahala」、鈴木亜美の当時の公式サイト「鈴木あみ ami suzuki」の運営を行っていた。
- 「YAMAHA EOS SOUND CONTEST98」に協賛として参加した。
- 「デジモンアドベンチャー キャラクターソング ミニドラマ (1)~(3)」にアドバイサーとして参加した(クレジット上は「スペシャルサンクス」となっている)。
この節の加筆が望まれています。 |
TK SEQUENCE
- 正式名称は「tetsuya komuro SEQUENCE 1101〜5」である。「True Kiss Disc Studios 1101〜5」とも表記された。
- 主に小室個人所有のレコーディングスタジオの運営・管理・機材購入を行っていた。DJ KOOも設営・機材の選別に関わっていた[9]。
- 東京のマンションのフロアを5部屋借り切る形で設立され、トイレ・エレベーターを含む各階・各部屋全てにテレビモニターをつけて、どこからでもボーカル・コーラスを録れる様にした[10]。
- 小室の「東京のスタジオのレンタル料金は世界一高い。1時間5万円はかかる。6時間借りて、且つエンジニアへのギャランティ・機材のレンタル料金・スタッフの食事代も入れると1日50万円はすぐに超えてしまう。だから私有スタジオを作った方が結果的にリーズナブル」という経験が本格的にプライベートスタジオを所有する切っ掛けになった。機材・設備も小室の自費で揃え、設立するための初期投資の総経費は2億5千万~2億7千万円はかかっている[11]。
- 1997年に以前から存在していた「TK Sequence 1103」が小室の助力もあり、久保こーじ専用のプライベートスタジオとして運営されていた[12]。
この節の加筆が望まれています。 |
TK SEQUENCE America
- Kiss Destinationのレコーディングスタジオとして使用していた。
この節の加筆が望まれています。 |
TK ENTERTAINMENT SERVE
- 「TK E SERVE」と略することもあった。
- 小室プロデュース作品のプロモーションビデオ・CMの制作とプロデュースを取り仕切っていた[3]。
- イベント限定音楽ユニットであったtk-trapのプロデュースを行っていた。
- 華原朋美のヒストリービデオ「HOW TO MAKE TOMOMI KAHALA 華原朋美はいかにして華原朋美となり得たか」の制作を行った。
この節の加筆が望まれています。 |
Prime Direction TK Room
- 当時の小室の本所属先であるアンティノス・マネジメントからの業務委託で、1996年以降のエイベックス発の小室プロデュース作品の原盤・映像制作、小室の周囲の予算・情報・版権の管理を担当していた[3]。
この節の加筆が望まれています。 |
tetsuya komuro rise
- 「TK rise」と略することもあった。
- 1995年3月に設立[3]。
- 主に華原朋美・木根尚登・久保こーじ[3]・阿部薫[13]のプロデュース・マネジメント・コーディネート業務を行っていた。
- 華原に関しては「Prime Direction TK Room」に業務委託し、エイベックスと共同で行っていた[3]。
この節の加筆が望まれています。 |
かつて所属していたアーティスト
- 小室哲哉
- 宇都宮隆(「discovery」「Detour」「if you wish...」制作時のみ、ノークレジット)
- 木根尚登[14]
- 阿部薫[13]
- No!Galers[6]
- 丸山茂雄(フリー契約[15])
- 松浦勝人(プロデューサー契約[16])
- 岩佐俊秀
- EUROGROOVE
- tk-trap
- 華原朋美
- MUSEUM
- 鈴木あみ(現鈴木亜美)
- DJ DRAGON[14]
- Kiss Destination
出典
- ^ 文藝春秋刊 『週刊文春』 1998年6月25日号「小室哲哉が"新居予定地"を3億3千万円で売却した! 華原朋美との関係に終止符?」pp.195-197より。
- ^ 講談社刊「Views」1995年6月号「小室哲哉の『ミラクル』全角度研究」pp.64-65より。
- ^ a b c d e f 講談社刊『Views』1996年8月号「“小室哲哉利権” 500億円に食らいついた音楽ビジネスの『巨人』」28P-35Pより。
- ^ ソニー・マガジンズ刊「ギターブック」1996年8月号p.3より。
- ^ a b リットーミュージック刊『ギター・マガジン』2019年11月号『Special Interview 小室サウンドを一手に担ったスゴ腕職人 松尾和博』120Pより。
- ^ a b ソニー・マガジンズ刊『ギターブック』1996年2月号「小室哲哉&久保こーじ 音楽工房の頭脳と心臓」p.13より。
- ^ ソニー・マガジンズ刊小室哲哉「first step in asia」より。
- ^ SPG-What's New? Artist Informationより。
- ^ “DJ KOOインタビュー#2 伝説の“小室スタジオ”では「TRFがレコーディングする側で、篠原涼子ちゃんや安室奈美恵ちゃんが…」”. ザテレビジョン. 2020年3月8日. 2020年5月12日閲覧.
- ^ 角川書店刊『月刊カドカワ』1994年12月号「小室哲哉 疾走するヴィジョン」114Pより。
- ^ 集英社刊「Bart」1995年3月13日号「小室哲哉 『今は、勝てる勝負しかしていない』」36P-41Pより。
- ^ “「1997年 10大ニュース」”. BUZZ LEAGUE. 1998年2月8日. 2020年5月23日閲覧.
- ^ a b ソニー・マガジンズ刊「ギターブック」1997年8月号「GB CHANNEL 1997」p.171より。
- ^ a b c 日経BP刊『日経エンタテインメント!』1998年8月号「小室哲哉通信 第7回 フジ月9&TBS金ドラ主題歌音楽界初の同時提供へ」pp.156-157より。
- ^ クレタパブリッシング刊「昭和50年男」May Vol.004「シーンを刷新し続けたエピック・ソニーとブームへの布石を築きはじめた小室哲哉」16Pより。
- ^ PlayStation用ソフト「GABALL SCREEN」説明書より。
外部リンク
- TK Gateway - ウェイバックマシン(1999年2月24日アーカイブ分)
Content Disclaimer
Informasi ini disarikan dari Wikipedia dan disajikan kembali untuk tujuan edukasi. Konten tersedia di bawah lisensi CC BY-SA 3.0. Kami tidak bertanggung jawab atas ketidakakuratan data yang bersumber dari kontribusi publik tersebut.
- The information displayed on this website is sourced in part or in whole from Wikipedia and has been adapted for the purpose of restating it. We strive to provide accurate and relevant information, however:
- There is no guarantee of absolute accuracy. Wikipedia is an open, collaborative project that can be edited by anyone, so information is subject to change.
- It is not intended to constitute professional advice. The content displayed is for informational and educational purposes only. For important decisions (e.g., medical, legal, or financial), please consult a professional.
- Content copyright. Wikipedia is licensed under the Creative Commons Attribution-ShareAlike License (CC BY-SA). This means that content may be reused with appropriate attribution and shared under a similar license.
- Responsible use. Any risk arising from the use of information from this website is entirely the responsibility of the user.