はえ座 (はえざ、Musca)は現代の88星座 の1つ。16世紀 末に考案された新しい星座 で、ハエ がモチーフとされている[ 1] [ 3] 。天の南極 の近くに位置しており、日本国内では南大東島 以北の地域からは星座の一部さえも見ることができない。
主な天体
小さい星座ながらα・βと2つの3等星があるほか、コールドウェルカタログに選ばれた2つの球状星団 がある。
恒星
2022年 4月現在、国際天文学連合 (IAU) が認証した固有名を持つ恒星は1つもない[ 4] 。
星団・星雲・銀河
惑星状星雲IC 4191。
その他
球状星団NGC 4372。
球状星団NGC 4833。
Dark Doodad Nebulae。
由来と歴史
16世紀末に考案された星座だが、星座名が現在の Musca に落ち着くまで250年近くの紆余曲折があった。
この星座の歴史は、オランダ の航海士 ペーテル・ケイセル とフレデリック・デ・ハウトマン が1595年 から1597年 にかけての東インド 航海で残した観測記録を元に、フランドル 生まれのオランダの天文学者 ペトルス・プランシウス が同じくオランダの天文学者ヨドクス・ホンディウス (英語版 ) と協力して1598年 に製作した天球儀 に昆虫の姿を描いたことに始まる[ 3] 。しかし、プランシウスが星座としての名称をこの天球儀に記さなかったため、のちに混乱が生まれることとなった。
ホンディウスは1600年 と1601年 にも天球儀を製作しているが、これらにも昆虫の名称が記されなかった。これに対して、オランダの天文学者ウィレム・ブラウ (英語版 ) は、1602年 に製作した天球儀にラテン語 でハエを意味する Musca と記し、カメレオン に襲われるハエの姿を描いた。また、1598年から1602年にかけて第二次観測を行ったデ・ハウトマンも、そのときの観測記録を元に1603年 に製作した星表で、オランダ語 で「ハエ」を意味する De Vlieghe と記していた[ 14] 。ただしこの星表は、オランダ語のマレー語辞典の付録として掲載されたため、広く天文学者の間で知られることはなかった。ブラウは、デ・ハウトマンの第二次航海の観測記録を元に修正を加えた天球儀を1603年に製作しており、こちらにも Musca と記している。
ところが、同年の1603年にヨハン・バイエル が出版した星図 『ウラノメトリア 』では、ラテン語で「蜜蜂」を意味する APIS と記されてしまった。このバイエルの誤りについて、オランダの天文学者で天文学史家のエリー・デッカー (英語版 ) は、『ウラノメトリア』とホンディウスの天球儀の類似性を指摘し、「バイエルがホンディウス製作の天球儀のいずれかからデータをコピーしたため、この昆虫をハエと認識できず「蜜蜂」としてしまった」と結論付けている。
プランシウスは、1612年 に製作した天球儀でようやくこの昆虫にギリシア語 でハエを意味する Muia と命名した[ 3] 。そして同時に、おひつじ座 の横にあった星を使って昆虫の姿を描き、これに蜜蜂を意味する Apes と命名した[ 16] 。こうしてプランシウスによって南天と北天に昆虫の星座が1つずつ設けられたが、このことがさらに混乱を深める結果となった。
17世紀初頭のドイツ の天文学者ヤコブス・バルチウス は、1624年 に出版した天文書『Usus Astronomicus Planisphaerii Stellati』の中で南天の昆虫を Mvsca と記した[ 注 1] 。しかし北天の昆虫には、星表では蜜蜂を意味する Apes と記しながら、星図ではスズメバチを意味する Vespa と記す[ 19] など混乱が見られた[ 16] 。17世紀後半のポーランド の天文学者ヨハネス・ヘヴェリウス は、彼の死後の1690年 に出版された星図『Firmamentum Sobiescianum』で、南北のいずれの昆虫も Musca とした[ 20] [ 21] 。また、18世紀初めのイギリス の天文学者ジョン・フラムスティード もまた、彼の死後1729年に出版された『天球図譜 』でヘヴェリウスと同じく南北の昆虫どちらも Musca とした[ 22] 。18世紀中頃のフランスの天文学者ラカーユ は、1756年の星図ではフランス語 でla Mouche[ 23] 、1763年の星図ではラテン語で Musca[ 24] と、明確にハエの星座として記載している。
このように、17世紀から18世紀にかけて南天の昆虫の星座はハエと見做されていた。しかし、ドイツの天文学者ヨハン・ボーデ が1801年 に刊行した星図『ウラノグラフィア』で、北天の昆虫を Musca 、南天の昆虫を蜜蜂を意味する Apis としたことによって再び混乱が生じた。その後、1822年 にイギリスの教育者アレクサンダー・ジェイミソン が出版した星図『Celestial Atlas』[ 注 2] では、北天の昆虫に「北のハエ」を意味する Musca Borealis と記されていたが、南天の昆虫には名前が記載されなかった。また、1835年 にアメリカの教育者イライジャー・バリット が出版した星図『Celestial Atlas』[ 注 3] では、南天の昆虫はにラテン語で「インドのハエ」を意味する Musca Indica と記され、北天の昆虫のほうが Musca とされた。
この混乱に終止符を打ったのは、19世紀 初めのイギリスの天文学者フランシス・ベイリー であった。ベイリーが編纂し、彼の死後の1845年に刊行された『The Catalogue of Stars of the British Association for the Advancement of Science』では、これまで100以上あった星座が87個に整理された。このとき北天の昆虫は駆除されて南天の昆虫のみが生き残り、その名称は Musca とされた[ 27] 。こうして、プランシウスが図案化して以来250年近く続いた星座名の混乱がようやく収拾された。
1922年 5月にローマ で開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Musca 、略称は Mus と正式に定められた[ 28] 。新しい星座のため星座にまつわる神話や伝承はない。
中国
現在のはえ座の領域は中国の歴代王朝の版図からはほとんど見ることができなかったため、三垣 や二十八宿 には含まれなかった。この領域の星々が初めて記されたのは明朝末期の1631年から1635年にかけてイエズス会士 アダム・シャールや徐光啓らにより編纂された天文書『崇禎暦書 』で、はえ座の星々は「蜜蜂」という星官に配された。これは、バイエルの『ウラノメトリア』の Apis がそのまま訳されて使われたものと考えられている。
呼称と方言
明治末期頃は、おひつじ座の隣に置かれた Musca Borealis と区別して、それぞれ「南蠅 」「北蠅 」と呼ばれていたことが、1910年(明治43年)2月刊行の日本天文学会 の会報『天文月報』第2巻11号に掲載された「星座名」という記事でうかがい知ることができる[ 29] 。IAUが88星座を定めた後の1925年(大正14年)に初版が刊行された『理科年表』では、学名は Musca、星座名は「蠅(はへ) 」とされた[ 30] 。この後は、1944年 (昭和19年)に天文学用語が見直された際も変わらず「蠅(はへ)」が使われることとされ[ 31] 、戦後も「蠅(はへ)」が引き続き使われていた[ 32] 。しかし、1952年 (昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[ 33] とした際に、Musca の星座名は「はい [ 注 4] 」と改訂された[ 35] 。これ以降は40年近く見直されることなく「はい」という星座名が使われていたが、1990年 11月刊行の理科年表 第64冊でようやく「はえ 」と改められ[ 36] 、1994年 刊行の『文部省 学術用語集・天文学編』増訂版で正式に星座名が「はえ 」と改訂された[ 37] 。以降は改訂されることなく「はえ」が正式な星座名として使われている。
現代の中国では繁 : 蒼蠅座 [ 38] (簡 : 苍蝇座 )と呼ばれている。
脚注
注釈
^ 当時uを表すのにvが使われていた。
^ いわゆる『ジェミーソン星図』。
^ いわゆる『バリット星図』。
^ 「はい」はハエ を意味する東京方言 とされる[ 34] 。
出典
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参考文献
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