ヴァルキリー スパイダー
ヴァルキリー (Valkyrie ) は、イギリス の自動車メーカー、アストンマーティン が製造・販売する、高級 スポーツカー (ハイパーカー )。フォーミュラ1 (F1) のレッドブル・レーシング との共同プロジェクトとして開発された。
ヴァルキリー (Valkyrie ) とは北欧神話 に登場する、戦死した英雄の魂を導く半神 「ワルキューレ (Walküre )」の英語表記である[1] 。アストンマーティンの特別なモデルに受け継がれてきた”V”のイニシャルが与えられている[1] 。
概要
ヴァルキリーはアストンマーティンに宿るスポーツカーの伝統と、レッドブルが持つF1の先端技術を融合した究極のロードカーとして企画された。開発はQ by アストンマーティン・アドバンスド、レッドブル・アドバンスド・テクノロジーズ 、AFレーシングAGの協力により行われ、アストンマーティンのマレック・ライヒマン、レッドブルのエイドリアン・ニューウェイ という双方のデザイン責任者が指揮している[2] 。
「空力の鬼才」としてF1マシンをデザインしてきたニューウェイ自身、ロードカーの設計は長年の夢であったという[3] 。2014年8月、F1シーズンの夏季休暇中にアイディアが具体化し、9カ月間のシミュレーション作業を経て、自動車メーカーとの提携を選択した[4] 。アストンマーティンをパートナーに選んだのは、お互いのファクトリーが30マイル (約48 km)ほどしか離れていなかったことと、インフィニティ とのパートナーシップを通じて、アストンマーティンの経営陣と面識があったためである[4] 。
2016年3月にプロジェクトを正式発表し、諸々の情報公開を経て、2019年内の納車開始にむけて準備が進められたが、開発期間の延長や1台当たり2,000時間以上の製作時間を要することから、デリバリー開始は2021年までずれこんだ[5] 。価格は200〜250万ポンド (約3億2,000万〜4億円)[6] [5] 。生産台数は150台限定で、予約完売となっている。日本には11台がデリバリーされる予定[7] 。
また、バリエーションとして、オープントップモデルのヴァルキリー スパイダー (85台)[8] と、サーキット走行に特化したヴァルキリーAMR Pro (40台)[9] が限定生産される。
さらに、両社はハイパーカープロジェクトの第二弾として、ヴァルハラ (Valhalla ) の開発を発表している[10] 。ヴァルハラ とは、北欧神話でワルキューレに選ばれた戦士の魂が集められる主神オーディン の宮殿である。
沿革
日付はイギリス現地時間。
2016年3月17日 アストンマーティンとレッドブル・レーシングの提携、およびコードネーム”AM-RB 001 ”の開発プロジェクトを発表[11] 。
2016年7月5日 AM-RB 001の概要発表、アストンマーティン・ゲイドン工場にて試作車を公開[12] 。
2017年3月6日 ジュネーヴ・モーターショー にて正式名称”Valkyrie”を発表[13] 。
2017年10月4日 AM-RB 001を日本初公開[14] 。
2017年11月17日 サーキット専用バージョン”AMR Pro”を発表[15] 。
2019年7月13日 F1イギリスGP の会場となるシルバーストン・サーキット にて初のデモンストレーション走行[16] 。
2021年6月28日 ヴァルキリーAMR Proを発表[17] 。
2021年8月12日 米国カリフォルニア州ペブルビーチにて、ヴァルキリー スパイダーを発表[18] 。
2021年11月4日 量産第1号車が完成[19] 。
2022年3月21日 ヴァルキリーAMR ProがバーレーンGP開催地のバーレーン・インターナショナル・サーキットで初のデモンストレーション走行を行った[20] 。
2023年10月4日 ヴァルキリーAMR Proをベースとしたマシンで2025年のル・マンに参戦することを発表[21]
メカニズム
エンジンは英国のエンジンビルダー、コスワース 製の6,500 cc自然吸気 V型12気筒 エンジン(バンク角65度)をミッド マウントする。V型6気筒 ターボ という選択肢も考えられたが、ストレスマウントの振動やギアボックスの軽量化、エンジンサウンドの好みという点で自然吸気V12が搭載された[4] (ヴァルハラではV6ターボを搭載予定)。最高回転数は11,000 rpm 、最大出力は10,500 rpmで1,014馬力、最大トルク は7,000 rpmで740 Nm [22] 。排ガス規制に適合するロードカー用自然吸気エンジンとしては、世界で初めて1,000馬力に達した、とされる[22] 。
ハイブリッド システムはF1に導入された運動エネルギー回生システム (KERS) に似た機構で、インテグラル・パワートレイン製の電気モーターとリマック 製のバッテリーで構成される[22] 。162馬力・280 Nmのモーターアシストを加えると、最大出力は10,500 rpmで1,176馬力、最大トルクは6,000 rpmで900 Nmとなる[22] 。
車体はカーボン(CFRP )製で、車両重量は約1,000 kgに抑えられ、パワーウェイトレシオ 1:1 (1.0 kg/PS) を謳っている[6] 。細部まで軽量化を徹底しており、フロントノーズのアストンマーティンのウィングバッジは厚さ70ミクロン (0.07 mm)のアルミを溶着している[23] 。電気モーターの搭載により、スターターモーターやオルタネーター 、リバースギアが不要になり、重量増を相殺している[4] 。
ニューウェイはゲーム「グランツーリスモシリーズ 」のために手掛けたレッドブル・X2010 〜X2014のデザインを応用しており[24] 、空力主義のレーシングカーを思わせる大胆なボディスタイリングになっている。フロントグリル 部分は大きく開口し、バンパー の代わりにフラップ付きの吊り下げ式ウィングを装備している。キャビン とエンジンルームの底はティアドロップ形状で、車体下面は大きなトンネル状になっており、ここを通過する気流のヴェンチュリ 効果によってダウンフォース を獲得する。プロトタイプのAM-RB 001から実車仕様のヴァルキリーに進む段階で、ディフューザー やテールランプなどリアセクションのデザインが変更されている(下の画像参照)。
コクピットは並列2座席で、ガルウィングドア を採用。乗員はフォーミュラカー のように足を持ち上げた格好で乗車する。身長2mの乗員でも自然なポジションをとれるようにしているが、2人分のスペースを確保するため、運転席と助手席をやや前後にずらして設置している[25] 。スイッチ類は脱着式ステアリング上に集約される。
オープントップモデルの「スパイダー」はシザーズドア を採用。ルーフを取り外した状態でも空力パフォーマンスを維持するよう、アクティブエアロダイナミクスシステムとアクティブシャシーシステムのチューニングが見直されている[26] 。
テクニカルパートナーとしては、リカルド(7速セミAT )、マルチマティック (カーボンコンポジット)、アルコンおよびサーフェス・トランスフォームズ(ブレーキシステム)、ボッシュ (エレクトロニクス)、ワイパック(照明)、ミシュラン (タイヤ)が挙げられている[27] 。
AM-RB 001のサイドビュー
AM-RB 001のリアビュー
ヴァルキリーのリアビュー
コクピットのインテリア
ガルウィングドアを開放した状態
モータースポーツ
AMR Pro
ヴァルキリーAMR Pro(2022年ラグナ・セカ にて撮影)
AMR Proプロトタイプ(2019年)
コードネームAM-RB 002 と呼ばれていたサーキット専用(トラックバージョン)のヴァルキリーは、AMR Pro というサブネームを与えられた[9] (AMRはアストンマーティン・レーシング)。
当初は公道仕様のヴァルキリーから最大限のパフォーマンスを引き出すことをテーマにしていたが、後述するル・マン・ハイパーカー (LMH)計画においてル・マン24時間レース の総合優勝を狙うレースカーとして開発が進められた。その後、LMH計画の延期により、レースのレギュレーションの制約から解放され、究極のパフォーマンスを追求するマシンへと生まれ変わった[28] 。
交通法規上必要な装備や快適性に関わる部品を取り除き、ウィングの大型化、軽量ボディワークへの換装、レース用カーボンブレーキディスク / キャリパーの採用、エンジン・電子制御系・サスペンションのチューンなどを行っている[29] 。ホイールはロードモデルよりも小さい前後18インチ。最高速度は400km/h(予測値)、3.3 G を超えるコーナリングフォース と3.5 Gを超える減速フォースに耐えうるとしている[29] 。ル・マン24時間レース の行われるサルト・サーキット の1周ラップタイムは3分20秒を目標としている[30] 。
2020年末をもってレッドブル・レーシングとのスポンサー契約を解消したためヴァルキリープロジェクトを一時延期していたが、翌2021年6月末に正式な製品化と40台の限定生産を発表した。購入特典は、「FIA公認サーキットでアストンマーティン主催のサーキット・デイに参加する権利」が付与される[31] 。なお既存のレース等のレギュレーションは一切無視して開発されているため、サーキット・デイ以外でのレース参戦の予定はない[30] 。
スポーツカーレース
ヴァルキリープロジェクトが始動した2016年より、アストンマーティンはレッドブルF1チームのスポンサーとなり、2018年にはタイトルスポンサーに就任して「アストンマーティン・レッドブル・レーシング」の名でF1に参戦した。レッドブルは2019年よりホンダ 製パワーユニットを搭載したが、アストンマーティンはタイトルスポンサーを継続した[32] 。
スポーツカーレース のFIA 世界耐久選手権 (WEC) において2020-2021シーズンより最高峰クラスにハイパーカー 規定が導入されることを受け、アストンマーティンは2020年よりヴァルキリーでWECにワークス参戦することを表明した[33] 。2021年は同社のル・マン24時間レース 参戦100周年にあたる[34] 。また、AMR Proのカスタマー供給も視野に入れている[35] 。
2020年、ローレンス・ストロール 率いるコンソーシアム がアストンマーティンを買収したことで状況は変化した。ストロールは所有するレーシング・ポイント チームを改称し、2021年より「アストンマーティンF1 」としてF1にワークス参戦することを決定。レッドブルとのスポンサー契約を2020年一杯で終了するとともに、WECのハイパーカープログラムを再検討し、参戦を保留すると発表した[36] 。
しかし日本時間2023年10月5日、突如として2025年より同車を用いてハイパーカークラス に参戦することが発表された[37] 。エンジンは市販車同様のコスワース製6.5リッターV12エンジンを使用する一方で、ハイブリッド機構は搭載しない。またWEC以外にウェザーテック・スポーツカー選手権 のGTPクラスへの参戦予定も明らかにしており、LMHとしてWEC/IMSA双方のシリーズに参戦する初のチームとなる。
2024年6月、アストンマーティンとパートナーシップを結ぶハート・オブ・レーシングチーム は、2025年のWECに計2台の「アストンマーティン・ヴァルキリー AMR-LMH」を投入することを確認した[38] 。
脚注
関連項目
外部リンク
創業者 現在のチーム首脳・関係者 元チーム関係者
首脳 テクニカル ディレクター ビークル パフォーマンス 空力 エンジン その他
現在のドライバー 過去のドライバー F1マシン ロードカー チーム関連会社 現在のスポンサー 過去のタイトルスポンサー 架空のマシン
太字はレッドブルにおいてドライバーズワールドチャンピオンを獲得。
主な人物 主なF1ドライバー 主なスポーツカードライバー ル・マン用マシン フォーミュラ1カー 現在のル・マンチーム 関連項目