ファンク
ファンク(英: funk)は、1960年代中盤にアメリカでソウルミュージシャンのジェームス・ブラウンによって確立され�…
| ファンク funk | |
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ファンクのパイオニアであるジェームス・ブラウン(1973年) | |
| 様式的起源 | ゴスペル[1]、ソウル[1]、ファンキー・ジャズ[2]、リズム・アンド・ブルース[1] |
| 文化的起源 |
1960年代中盤[3] アメリカ合衆国 |
| 使用楽器 | ベース・ギター、エレクトリック・ギター、ドラムス、キーボード、クラビネット、シンセベース、ホーン、コンガ、ワウペダル、ボンゴ |
| 派生ジャンル |
ディスコ ヒップホップ ブギー コンテンポラリー・R&B ギャングスタ・ラップ ブレイクビーツ ニュージャックスウィング Gファンク ニューロ・ファンク リキッド・ファンク ハウス ファンク・ステップ |
| サブジャンル | |
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Pファンク ディープ・ファンク ニューファンクなど 他多数 | |
| 融合ジャンル | |
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アシッドジャズ アフロビート フリー・ファンク ファンク・ロック ファンク・メタル ファンク・ハウス Gファンク ゴーゴー ジャズ・ファンク UKファンク | |
ファンク(英: funk)は、1960年代中盤にアメリカでソウルミュージシャンのジェームス・ブラウンによって確立された音楽のジャンル。グルーヴを最も重視し、アンサンブルにおいて全楽器が互いに呼応し合った執拗なまでの反復を特徴とする[4]。1970年にブラウンが発表した「セックス・マシーン」がファンクの象徴的な楽曲として認知されている[4]。1969年以降、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジョージ・クリントンもまた独自のファンクを発展させ、ブラウンとともに「ファンクの聖なる三位一体」と称される功績を残した[4]。
特徴
ブラックミュージックの中で最もアフリカ音楽的な要素が強く、しばしば長尺のジャム・セッションへと展開し、ダイナミックかつ高度にシンコペーションの効いたポリリズムを基盤とする[4]。16分音符(休符)を用いて1小節を16分割で捉える16ビート(ドラム・ビート)を基本としており、8ビートが主流であったポップ・ミュージックはファンクの普及とともに16ビートが用いられるようになった[5]。
エレクトリックベースが主要なリフの役割を担うことが多く、その上にエレクトリック・ギターのカッティング、ホーン・セクションが複雑に絡み合うといったスタイルが基本となっている[4]。ビバップ風のテンション・コードも用いられ、7度や11度を加えたマイナー・コード、オルタード・ナインスを含むドミナント・セブンス・コードなどが挙げられる[6]。
なお、「ファンク」という名称はクレオールで「匂い」「悪臭」を意味するスラングである「フォンク」に由来している[4][7][8]。
歴史
ジェームス・ブラウンの功績
1964年にアメリカ・オハイオ州シンシナティを拠点に活動していたソウルミュージシャンであるジェームス・ブラウンが発表した楽曲「アウト・オブ・サイト(Out of Sight)」は、ブラウンが以前から試みていた多くの掛け声やシャウト、反復フレーズ、リズミカルな唸り声によって声を打楽器のように扱い、ジャズ・バンドのアンサンブルや西アフリカのポリリズムからヒントを得た複雑な構成のビートやホーン・アレンジが取り入れられていた[9][10][11]。「アウト・オブ・サイト」発表当時は「ファンク」とは呼ばれていなかったものの、ファンクに必要な要素のほとんどが備わっていた[9]。
翌1965年にブラウンが発表したシングル「パパのニュー・バッグ(Papa's Got a Brand New Bag)」では、それらの要素がさらに強化・完成され、Billboard Hot 100で8位を記録[9]。さらに大胆なアプローチをとった次作「アイ・ガット・ユー(アイ・フィール・グッド)(I Got You (I Feel Good))」では3位を記録し、「パパのニュー・バッグ」を上回るヒットとなった[9]。
ブラウンの音楽は1965年以降さらに大胆かつファンキーなものへと発展し、メロディはほぼ排除され、重量感のあるリズム、ボーカル、ホーン、ドラム、エレクトリック・ギターが織りなす強烈な相互作用が前面に押し出されるようになった[9]。ポップ・チャートにも頻繁にランクインし、商業的成功と世間からの注目度は絶頂に達した[9]。1967年の楽曲「コールド・スウェット・パート1(Cold Sweat – Part 1)」がファンクの最も早い例のひとつとされている[8]。
2006年当時73歳であったブラウンは「Seven Decades of Funk World Tour」と銘打った世界ツアーを開始し、同年末に心不全で死去する直前までファンクミュージシャンとして活動した[9]。ブラウンはソウル・ミュージックをファンクへと変貌させた上でファンクを大衆に広めた最大の功労者としてファンクの歴史に名を残した[9][12]。
アメリカ合衆国中西部

1960年代末までパーラメント主宰としてミシガン州デトロイトを拠点に活動していたジョージ・クリントンは、法的なトラブルによって「パーラメント」の名称が使用不可となったことから新たなグループとしてファンカデリックを結成[13][14]。ファンカデリックでは楽器奏者を前面に押し出し、ゴスペル、ソウル、ファンクの要素にサイケデリック・ロックの要素を取り入れた[13]。その後同じメンバー構成でパーラメントを再始動させ、1970年代末までに両バンド合わせて39曲をチャートに送り込み、ファンクをパーティー・ミュージックへと昇華させた[4][13]。両バンドはクリントンを中心とする巨大な音楽集団と化し、1982年にPファンクとして新たに始動[13][15]。同グループからは、パーレットや数多くのソロ・プロジェクトが派生した[13]。
ベーシストとして活動していたブーツィー・コリンズは、1970年・1971年にジェームス・ブラウンのバックバンド「J.B.'s」のベーシストとして活動し、1972年にファンカデリックおよびパーラメントに加入[16]。Pファンクのメンバーとしても中心的な役割を果たし、ソウル・ミュージックをファンクへと変貌させる過程において、重要な役割を果たした[16]。
その他、アメリカ合衆国中西部ではシンシナティのヴォーカル・グループであるアイズレー・ブラザーズが1969年にバンド編成に転換し、ジミ・ヘンドリックス調の歪んだロックギターを取り入れた管楽器を用いないスタイルでファンクの可能性を追求するようになる[14]。シカゴのレーベル「チェス・レコード」のスタッフであったモーリス・ホワイトは、新時代のファンク・バンドを作ることを目的にアース・ウインド&ファイアーの前身バンドを結成した[14]。シンシナティがあるオハイオ州は「ファンク・ステイト」として知られ、オハイオ・プレイヤーズ、スレイブ、レイクサイドなどのファンク・バンドを輩出した[14]。
アメリカ合衆国西海岸

1969年以降、サンフランシスコ・ベイエリアを拠点に活動していたスライ&ザ・ファミリー・ストーンは多種多様な音楽的・社会的潮流を取り入れ、ソウル、ロック、サイケデリア、ファンクを融合させた、型破りなサウンドを創造した[17][8]。アルバム『スタンド!』で鋭角的で即興性の高いファンク・サウンドを確立し、Billboard 200では13位を記録[17]。ジェームス・ブラウンと共に社会政治的なメッセージを込めたファンクをメインストリームへと押し上げた[17]。ベーシストのラリー・グラハムは脱退後にグラハム・セントラル・ステーションを結成[14]。ファンクにおけるスラップ奏法はグラハムが開拓者であり、その奏法はファンクのみならずあらゆるジャンルに影響を与えた[18]。また、タワー・オブ・パワーもベイエリアを代表するファンクバンドとして活躍した[14]。
1970年代初頭にモータウンがデトロイトからロサンゼルスにオフィスを移転し、コモドアーズやリック・ジェームスが新生モータウンからデビューした[14]。リック・ジェームスはファンキーなヒット曲を次々と生み出し、R&Bとロックを融合させた「パンク・ファンク」というスタイルを確立した[19]。また、1979年にはジェームス自ら発掘したティーナ・マリーがモータウンからシングル「I’m A Sucker For Your Love」でデビューした[12]。スティーヴィー・ワンダーのファンク曲「迷信(Superstition)」など、モータウン発のファンクはメロディアスな部分やキャッチーさを持ち、コモドアーズのメンバーであったライオネル・リッチーはソロ転向後に大スターとなった[14]。
アメリカ合衆国東海岸および南部
アメリカ合衆国東海岸からはニュージャージー出身のクール&ザ・ギャングがジャズを経由してファンク・バンドとして活動し、その他ファットバック・バンド、BTエクスプレス、キャメオなどが台頭した[14][20]。首都であるワシントンD.C.ではチャック・ブラウンがファンクにラテン・パーカッション、ダンス・ミュージックの要素を多分に取り込んだローカル・ミュージック「ワシントン・ゴー・ゴー」を普及させた[14]。
アメリカ合衆国南部・テネシー州メンフィスのスタックス・レコードのスタジオ・バンドとして多忙を極めていたブッカー・T&ザ・MG'sを補完する目的で1964年にバーケイズが結成される[14]。サザン・ソウルの美点を生かしたファンクを表現し、ルーファス・トーマスが1970年に発表したアルバム『ドゥ・ザ・ファンキー・チキン』ではサポートを務めた[14]。ニューオリンズではミーターズがマルディグラ・インディアンの音楽やセカンド・ラインの影響を受けたファンクバンドとして活動し、アラン・トゥーサン、リー・ドーシー、ドクター・ジョンのサポートも務めた[14]。
プリンスの登場

1970年代には多くのR&Bアーティストがファンクを主要なスタイルとして取り入れるようになり、70年代半ばから後半にかけて台頭したディスコおよびサウンドのテクノロジー化によって洗練されると、ファンク特有の「土臭さ」は失われていった[4][7]。
1978年にアルバム『フォー・ユー』でデビューしたプリンスは、1980年代にポップ、ファンク、ロックといったジャンルを横断する多才なパフォーマーとして様式的成長と音楽的多様性を示し、『1999』、『パープル・レイン』、『サイン・オブ・ザ・タイムズ』などのゴールドディスク認定を受けたアルバムを次々と発表した[21]。ジョージ・クリントンは自伝『ファンクはつらいよ』で、1980年代に「最高に格好良かったのはプリンスだ」と語り、「彼の曲をじっくり聴いてみると、俺たちがファンカデリックでやっていたことを、ロックやニューウェイヴでアップデートしていることがわかった」と称賛している[22]。
ロジャー・トラウトマン率いる「ザップ」は、ブーツィー・コリンズに見出されてジョージ・クリントンのレーベル「アンクル・ジャム」との契約に至る[23]。1980年代にアルバム『Zapp II』、『Zapp III』、『The New Zapp IV U』、『Zapp V』を次々と発表し、ファンク・グループとしての地位を確立した[23]。
1990年代以降

1990年代に入るとイギリスでアシッドジャズ・ムーブメントが発祥し、ジャミロクワイ、インコグニート、ガリアーノ、ブラン・ニュー・ヘヴィーズなどがファンクの要素を色濃く残した音楽を展開した[24]。ジャミロクワイのアルバム『トラベリング・ウィズアウト・ムービング』は約700万枚を売り上げ、「史上最も売れたファンク・アルバム」としてギネス世界記録を保持している[25]。
1990年代後半にはアメリカでネオ・ソウル・ムーブメントが発祥し、ディアンジェロ、ミシェル・ンデゲオチェロ、エリカ・バドゥ、アリシア・キーズなどがソウル、ジャズ、ファンクなどのさまざまな音楽スタイルを複合的に混ぜ合わせた作品を発表した[26][27][28]。
2011年に結成されたファンクバンド「ヴルフペック」は自主制作で作品を発表し続け、2017年に発表した『Mr. Finish Line』ではブーツィー・コリンズと共演[29]。ヴルフペックおよび派生バンドのフィアレス・フライヤーズは、YouTubeやSpotifyの時代に適応した短時間のファンク「ミニマル・ファンク」を提唱し、人気を集めた[30][31]。
2014年に発表されたマーク・ロンソンとブルーノ・マーズによる往年のファンク調の楽曲「アップタウン・ファンク」はポップ・チャートで大ヒットを記録した[12]。ブルーノ・マーズは2016年にもファンクの要素を取り入れた「24K・マジック」をヒットさせ、2021年にユニット「シルク・ソニック」を結成[32]。シルク・ソニックは2022年にコン・ファンク・シャンの楽曲「Love's Train」を忠実にカバーしたものを発表した[32]。なお、「シルク・ソニック」という名称はブーツィー・コリンズによって命名された[33]。
影響
ファンクはジャズ、フュージョン、ソウル・ジャズにも大きな影響を与え、ヒップホップの音楽的基盤ともなった[4]。マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコックなどによるファンクの影響を受けたジャズは「ジャズ・ファンク」と呼ばれ、ジャズ・ファンクは1980年代半ばから後半にかけてのイギリスで「レア・グルーヴ」として人気を博した[34][35]。アフロビートの創始者であるナイジェリアのフェラ・クティも特にジェームス・ブラウンのファンクに影響を受けている[36][37]。
アメリカのヒップホップDJであるアフリカ・バンバータは、1982年のシングル「Planet Rock」でシンセサイザーとドラムマシン「TR-808」による電子的なリズムを主軸とした「エレクトロ・ファンク」を確立[38][39]。ヒップホップ・ミュージシャンは1980年代後半以降、頻繁にファンクの楽曲をサンプリングによって引用した。1990年代初頭にドクター・ドレーがパーラメントやファンカデリックの楽曲をサンプリングした上で制作したヒップホップは「Gファンク」と呼ばれ、その他にも「Pファンク・ヒップホップ」(デジタル・アンダーグラウンド、デ・ラ・ソウル)、「ファンク・サンプリング・ラップ」(アイス・キューブ、ドクター・ドレー)といった俗称もある[40][35]。1990年代にはヒップホップの流行を受けてファンクの再評価が起こった[4]。
その他、派生ジャンルまたは俗称として「ファンキー・ソウル」(スティーヴィー・ワンダー、テンプテーションズ)、「モンスター・ファンク」(パーラメント、ファンカデリック、ブーツィーズ・ラバー・バンド)、「ネイキッド・ファンク」(リック・ジェームス、ギャップ・バンド)、「ディスコ・ファンク」(シック、KC&ザ・サンシャイン・バンド)、「ファンキー・ポップ」(クール&ザ・ギャング、チャカ・カーン)などがある[35][41]。
ファンク・ロック
ファンク・ロック(英: Funk rock)とは、1970年代初頭に出現したロックとファンクの融合ジャンルを指す[42][43][35]。ロックを基調としつつ、ファンク特有のグルーヴを強調している点が特徴であり、ジミ・ヘンドリックスのライブ・アルバム『バンド・オブ・ジプシーズ』やファンカデリックの初期作品、スライ&ザ・ファミリー・ストーンが先駆けである[42][44]。また、ブルース・ミュージシャンであるローウェル・フルソンはファンクとロックの要素を取り入れたブルース・アルバム『In a Heavy Bag』を1970年に発表している[45]。1970年代にファンクの人気が高まるにつれ、デヴィッド・ボウイのようなロック・アーティストも自身の音楽にファンクの要素を取り入れ始め、ポストパンクやダンス・パンクの音楽性にも多大な影響を与えた[42]。
その他、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、プライマス、プリンス、ジェーンズ・アディクション、フェイス・ノー・モア、ワイルド・チェリー、レッドボーンなどが「ファンク・ロック」に分類され、ジミ・ヘンドリックス、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、アイズレー・ブラザーズなどの黒人ミュージシャンによるファンク・ロックは「ブラック・ロック」とも呼ばれている[35][46][47][48]。さらにファンク・ロックの中でもよりヘヴィーなサウンドとなっている初期のレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、フィッシュボーン、フェイス・ノー・モアなどは「ファンク・メタル」とも称されている[49]。
イギリスのロック雑誌「Louder」のPaul Elliottは、2016年に以下の20曲を優れたファンク・ロックの楽曲として選曲した[50]。
- プリンス「Let’s Go Crazy」
- レッド・ホット・チリ・ペッパーズ「Give It Away」
- マザーズ・ファイネスト「Niggizz Can’t Sang Rock & Roll」
- ファンカデリック「Maggot Brain」
- レニー・クラヴィッツ「Always On The Run」
- ダン・リード・ネットワーク「Get To You」
- フィッシュボーン「Freddie’s Dead」
- ディープ・パープル「Gettin’ Tighter」
- アイク&ティナ・ターナー「Nutbush City Limits」
- デヴィッド・ボウイ「Fame」
- ローリング・ストーンズ「Fingerprint File」
- エアロスミス「Last Child」
- シン・リジィ「Johnny The Fox Meets Jimmy The Weed」
- トラピーズ「Way Back To The Bone」
- フェイス・ノー・モア「We Care A Lot」
- リック・デリンジャー「Rock And Roll, Hoochie Koo」
- リヴィング・カラー「Open Letter (To A Landlord)」
- ザ・タイム「Skillet」
- レッド・ツェッペリン「Trampled Under Foot」
- ビリー・スクワイア「The Stroke」
日本におけるファンク
歌謡曲が中心であった1970年代の日本の音楽マーケットもファンクの影響を受けており、西城秀樹の「激しい恋」、和田アキ子の「古い日記」など、多くのアーティストの楽曲にファンクの要素が加わるようになった[51]。日本における本格的なファンクは、1970年代の中頃から後期にかけてのシティ・ポップの台頭とバンド編成のアーティストの増加によって誕生し始めた[51]。日本において初めてスラップ奏法を使用したベーシストは田中章弘とされている[51]。田中は山下達郎の1970年代後期のアルバム『SPACY』、『GO AHEAD!』、『MOONGLOW』に参加し、ファンクの要素を導入した[51]。
鳴瀬喜博はラリー・グラハムの影響を受け、金子マリ&バックスバニーへの参加を機にファンクを演奏するようになる[51]。美乃家セントラル・ステイションは1977年のデビュー・アルバム『RAINBOW』でベーシストの福田郁次郎がベイエリア・ファンクからの強い影響を受けたベースを披露した[51]。サディスティック・ミカ・バンドも1970年代中期に発表したアルバム『黒船』『ホット・メニュー』からファンクを取り入れ、小原礼と小原の後任ベーシストである後藤次利がそれぞれファンクに影響を受けたベース演奏を披露した[51]。上田正樹は1973年にベーシストの藤井裕とともに「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」を結成し、R&B・ソウルのエッセンスにファンクを取り入れた[51]。
1980年代に入るとメジャー・シーンでは久保田利伸や角松敏生がファンクを標榜した上でヒット曲を量産した[52]。初期の米米CLUBはPファンクのエンターテインメント性に影響を受けている[52]。アンダーグラウンド・シーンではJAGATARAがロックにファンクを導入したバンドとして存在感を示した[52]。
1990年代以降ではスガシカオ、堂本剛(ENDLICHERI☆ENDLICHERI、ENDRECHERIなどを含む)、レキシ、在日ファンク、カラスは真っ白、鶴などがファンクに強い影響を受けた活動を展開した[52][53]。
その他の主な日本のファンク・アーティスト
- オーサカ=モノレール
- 大橋純子
- 岡村靖幸
- グッチ裕三
- コダマセントラルステーション
- 小比類巻かほる
- スーパー・バター・ドッグ
- Scoobie Do
- 鈴木雅之
- ダンス☆マン
- 土屋昌巳
- バブルガムブラザーズ
- 左とん平(曲「ヘイ・ユウ・ブルース」)
- フィロソフィーのダンス
- フレンズ・オブ・アース
- 星勝
- BORO
- ミス花子(曲「河内のおっさんの唄」)
- mimi
主な作品
ユニバーサル ミュージック グループの音楽サイトであるuDiscoverMusicは、1組につき1作のみとした上で以下の40作品を史上最高のファンク・アルバムとして2025年に紹介している[54]。
- ジェームス・ブラウン『The Payback』
- アイザック・ヘイズ『Shaft (黒いジャガー)』
- ファンカデリック『Maggot Brain』
- リック・ジェームス『Street Songs』
- ベティ・デイヴィス『They Say I’m Different』
- スティーヴィー・ワンダー『Talking Book』
- オハイオ・プレイヤーズ『Fire』
- ミーターズ『Struttin’』
- スライ&ザ・ファミリー・ストーン『There’s A Riot Goin’ On (暴動)』
- カーティス・メイフィールド『Superfly』
- パーラメント『Funkentelechy Vs. The Placebo Syndrome』
- ギル・スコット・ヘロン『Pieces Of A Man』
- クール&ザ・ギャング『Wild & Peaceful』
- タワー・オブ・パワー『Tower Of Power』
- ブーツィーズ・ラバー・バンド『Stretchin’ Out In Bootsy’s Rubber Band』
- フレッド・ウェズリー&ザ・JB’s『Damn Right I Am Somebody』
- アイズレー・ブラザーズ『3+3』
- マーヴィン・ゲイ『Here, My Dear (離婚伝説)』
- プリンス『1999』
- マイケル・ジャクソン『Off The Wall』
- ドナルド・バード『Blackbyrd』
- アース・ウインド&ファイアー『Gratitude (灼熱の狂宴)』
- フェラ・クティ『Fela’s London Scene』
- エドウィン・スター『War & Peace (黒い戦争)』
- マヌ・ディバンゴ『Soul Makossa』
- バーケイズ『Gotta Groove』
- ルーファス・フィーチャリング・チャカ・カーン『Rags To Rufus』
- ドクター・ジョン『In The Right Place』
- チャールズ・ライト&ザ・ワッツ・103rd・ストリート・リズム・バンド『Express Yourself』
- サイマンデ『Cymande』
- コモドアーズ『Machine Gun』
- キャメオ『Word Up!』
- グラハム・セントラル・ステーション『Graham Central Station』
- ハービー・ハンコック『Head Hunters』
- テンプテーションズ『All Directions』
- ジェイムス・テイラー・カルテット『Wait A Minute』
- レッド・ホット・チリ・ペッパーズ『Blood Sugar Sex Magik』
- リー・フィールズ『Let’s Talk It Over』
- アヴェレイジ・ホワイト・バンド『AWB』
- マーク・ロンソン『Uptown Special』
主なアーティスト
※主な作品で紹介されているアーティストは割愛。
- アトランティック・スター[55]
- イアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズ[56]
- イヴリン・キング
- ヴァーノン・バーチ
- ウォー
- ヴルフペック
- エムトゥーメイ
- ギャップ・バンド
- ケイ・ジーズ[57]
- コン・ファンク・シャン[58]
- シック
- ジミー・キャスター・バンチ[注 1]
- ジョー・テックス
- スカイ[59]
- スレイブ
- ダズ・バンド
- D・トレイン
- ハービー・マン
- ハミルトン・ボハノン[62]
- BTエクスプレス
- ファットバック
- ブラス・コンストラクション[63]
- ブラック・ヒート
- ブリック[注 3]
- ブルーノ・マーズ
- ミッドナイト・スター
- メイシオ・パーカー
- ラロ・シフリン
- リー・ドーシー
- レイクサイド
- レイディオ[注 4]
- ロジャー・トラウトマン
- ワン・ウェイ[64]
参考書籍
- 『レコード・コレクターズ増刊 ソウル&ファンク』(1993年、ミュージックマガジン、JAN 1019638102009)[65]
- 『P-FUNK』河地依子 著(2011年、河出書房新社、ISBN 9784309272467)[66]
- 『ファンクはつらいよ ジョージ・クリントン自伝』ジョージ・クリントン 著、押野素子 訳、丸屋九兵衛 監修(2016年、DU BOOKS、ISBN 9784907583507)[67]
- 『ディスク・コレクション ファンク』高橋道彦 監修(2017年、シンコーミュージック ISBN 9784401644148)[68]
- 『別冊ele-king Pファンクの大宇宙──ディスクガイドとその歴史』河地依子 監修(2025年、ele-king books、ISBN 9784910511993)[69]
- 『ファンク超大全 The Ultimate Guide to FUNK』FUNK OF AGES・diskunion 監修(2026年、DU BOOKS、ISBN 9784866472690)[70]
脚注
注釈
出典
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